岩木川河畔の草薮で見つけた花はガガイモだった

ガガイモの花。ちょっと肉厚で、ヒトデを連想させる。


 「稲垣河川公園」の岩木川河畔の草薮で上の写真の野草を見つけた。
ネットの「四季の山野草」というサイトで調べたら、「ガガイモ」でばっちり。

ガガイモとはよく聞く名前だが、ようやく花と名前が一致した。
葉がちょっとヤマイモの葉に似ていて、ガガイモという名前だから、根に芋が付いているのかと思ったが、芋は無い。

じゃ、どうしてガガイモなんだろう。
名前の由来はいろいろあって、定かではない。

子どもの頃、岩木川の川岸で遊んだことがあるから、この花は、なんとなく見覚えがある。
あの頃は、この花をなんと呼んでいたのだろう。


白い蕾と濃いピンクの花。


葉の根元やツルを、折ったり傷つけたりすると白い液が出る。
当時の子ども達は、そうやって遊んでいた。
川岸で遊んでいて、蚊や虫に刺されたりすると、この白い液を患部に塗っていた。
ガガイモの白い液は、解毒や腫れ物の沈静に効果があるという「言い伝え」があったからだ。

また、ガガイモの葉は、チドメグサ同様ツルツルしていて、傷口にくっついた。
ちょっとした傷にはガガイモの葉を貼って遊んでいた。
当時の子ども達の遊びは「自給自足」的。
軽い怪我は、遊びのうちだったのか。
そうやって、自身の体のことや、「危険なこと」について学んでいたのかもしれない。

当時の子ども達は、「言い伝え」に従順だった。
子ども時代のことを思い出して、縄文時代の子ども達もそうではなかったろうかと考えると微笑ましい。

と、同時に不思議な気がする。
なぜ江戸時代や平安時代や弥生時代ではなく、縄文時代なのか。
野での子どもの遊びは、明治時代にも鎌倉時代にも古墳時代にもあっただろうに・・・。
それを縄文時代に直結してしまうのは、そこが原点であると暗に感じているからだろうか。
縄文時代に発見された「言い伝え」が延々と現代まで言い伝えられているのではと思うのは考え過ぎか。

ガガイモは、古事記や日本書紀に登場する数少ない植物だという。
そういうガガイモの存在感が、縄文時代の言い伝えという発想を呼び起こすのか。

 「自給自足」の遊びは、「自然との共生」遊び。
今では、川岸は危険だからと、川に近づくことを禁じる立て札が立っている。
縄文時代には必修科目だった子どもの川遊びが、現代では「禁忌行為」。
川に近づかなければ、縄文のガガイモには出会えない。


ヨシの葉に絡まっていた。

ツヤがあって特徴的なガガイモの葉。

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