除雪ロータリー車とダンプカーによる運搬排雪作業

夜中の運搬排雪作業。
夜中に家の前の道路で、運搬排雪作業が行われた。
家の前の道路は、対面通行、片側一車線。
それが、今年の大雪で道幅がどんどん狭まってきていた。
一車線分のスペースしか空いていない状態が、もう2週間ほど続いている。
自動車のすれ違いができずに、交通が渋滞することもたびたび。

もう、限界。
というときに、ようやく運搬排雪作業が行われて、なんとか対面通行が復旧できた。

除雪ロータリー車がダンプカーに雪を積み込んでいる。
雪国以外の地域で暮らす人々にとっては、「除雪」とか「排雪」は、耳慣れない言葉であるに違いない。
除雪や排雪については以前記事にしたことがある。
これが行われないと、雪国では、道路交通の機能が麻痺してしまう。
特に都市部においては、日常生活に支障をきたす。
足腰の弱い年配者が、歩行困難な状態におちいり、外出が出来なくなる。
公共交通機関の発着時間が大幅に乱れる。
緊急車両の到着が遅れる。
流通が滞って、生活用品の不足状態が生じる。

大雪の冬は、その除雪・排雪作業が、青森市内全般に渡って遅延になりがち。
行政サービスの無力ぶりを、多くの市民が嘆くことになる。
何十年と経験していることなのに、行政はどうしてうまく対応できないのだろうと、市民に疑問と不満がつのる。
まったく突発的な出来事に出くわしたような行政の有様。

だが、雪はやがて消える。
それに伴って、不満も消える。
春になって、花見に浮かれる頃には、もうすっかりそのことを忘れ去る。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」
これが行政サービスの奥の手、といったら言い過ぎだろうか。
と同時に、我々生活者の奥の手になっているのかもしれない。

我慢と諦めは、雪に対してではなく、行政に対して向けられている。
市民の「我慢と諦め」が不備な行政を助長させる。
不備な行政が、雪に対する敵視感を助長させる。

「自然災害」とはいえ、発生の時期も規模も予測できるのが「雪害」。
これほどくみしやすい自然災害はないのでは。
その雪害が大発生すれば、雪国特有の雪の文化が萎む。
雪国が自家中毒して自滅する、なんてこともあるかも。

もう雪国とさえ呼べない。
除雪ロータリー車とダンプカーによる、深夜の運搬排雪作業を眺めた後、そんな悪夢に襲われたのだった。

雪を積み込みながら、除雪ロータリー車とダンプカーが揃って移動して行く。

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