テレビで人気俳優が言ったこと


懐かしの木造アパート。
最近人気を博した若手俳優が、テレビのインタビューを受けて言った。

「学生の頃、ものすごくボロいアパートに住んでいたんですよ。だけど、そのアパートの雰囲気が好きで、4年間、ずうっとそこに居ました。」

今も、そのアパートを管理している大家は、偶然、テレビを見ていて、懐かしい思いにかられた。
同時に、ほっとした。
この俳優が、見た感じそのままの、「うす汚いアパート」という言い方をしなかったことに、ほっとしたのだ。

なるほど有名になるはずだ、と思った。
この若者は、言葉の使い方に気を配っている。
ものの感じ方に、気を配っている。
きっと優れた役者になることだろうと、感じた。

「ボロいアパート」という言い方に、嫌な印象が無かった。
そのボロさに好感を抱いていた。
愛着を感じていた、という言い方だった。

下町のアパート。
学生の頃の、この若者の謙虚さが思い出された。
周囲のありきたりな世界から、何かを見つけ出そうとする若者の感受性に感心した記憶もよみがえった。
青年は、いつもボロアパートで楽しそうに暮らしていたのだ。

「うんうん」と年老いた大家は納得した。
彼は、自身の人生と、大家としての彼の人生を支えたボロアパートに感謝した。
それは、どこにでもあるようなボロアパートだったのだが。

この大家に、息子が一人いた。
彼はいつも父親のことを「ダサいオヤジ」と見下していたようだった。
やがて、息子は世間に出て、ダサいサラリーマンになった。
結婚してダサい父親になった。

人は口に出した言葉の力に、当人が支配されるものだ。
それが実直な大家の、日頃の定見となっていた。

彼は、テレビを見ながら、自身の定見に愛着を持った。
ボロアパートに愛着を深めた。

テレビで、この人気俳優が言ったことは、テレビを見た多くの人達に、様々な愛着心を植え付けた。
日頃から言葉を選んで、心に働きかける言葉を使う。
すぐれた俳優の素質とはそういうものだろうと、ボロアパートの大家は思った。
そういう俳優の演技が、それを見る我々の「生きる力」を強くする。

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