芭蕉が誘導する「寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき」

「笈の小文」の俳句を、旅の順に読み進めていると、この句に行きあたる。

寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき  
松尾芭蕉

この句を読んで「えっ?」と思う人は案外多いのでは。
「えっ、そのまんまじゃん・・・・。」なんてね。

今まで、芭蕉の句の空間的な広がりのなかで、イメージを遊ばせて楽しんでいた芭蕉ファンは、ちょっと戸惑いを感じる。

「なんて地味で、生活臭が染み込んだ俳句なんだろう・・・」などと思う人もいるかもしれない。

名古屋に杜国(とこく:坪井杜国)という芭蕉の愛弟子が暮らしていた。
杜国は、名古屋の米商人で、米の不正取引に関わって処罰され、三河地方へ追放されている。
芭蕉は、鳴海の宿で、杜国が渥美半島の先端に近い保美(ほび)村という所で、ひっそりと暮らしているという情報を得る。
そこで、名古屋に住む俳人である越人(えつじん:越智越人)と連絡をとり、杜国と会うために渥美半島の保美村(伊良湖崎方面)に出かけることに。
旅の順路としては、一旦江戸の方角にもどることになる。
保美村に向かう途中、芭蕉は同行した越人とともに東海道吉田(現・豊橋市)に宿泊。

「寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき」は、吉田の宿で作った句だと言われている。
「二人寝る」とは、芭蕉と越人のことらしい。
芭蕉は、杜国との再会を楽しみにしながら、宿の床についたのだろう。
思わず、ため息のような句が芭蕉の口から漏れた。

寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき

寒い夜は二人で寝ると温かい、という意味合いを持った句では無い。
厳しい寒さの夜ではあるけれど、二人で寝ると心強い、というような感じ。
寒さは、夜が深まるとともに、だんだん厳しいものになってくる。

私は以前に、芭蕉の俳句には天空を意識したものが多い、と書いた。
そういう視点で、上記の句を読んでみると、「そのまんま」では無い、別な世界が広がっているように感じられる。

寒い夜は、天(上空)が持ち込んでくる。
冬の厳しい寒さは、天の影響に因る。
地の上に建っている家屋。
その床に横になっていると、そういう天と対峙しているような不安が、寒さに震えている芭蕉に募ってくる。
それは鳴海の宿で、「星崎の闇」にたいしておぼえた不安を、芭蕉に思い出させる。

こんな夜に、ひとり布団にへばりついているとしたら、なんと心細いことだろう。
遠い上空の闇に押しつぶされてしまいそうな恐れ。
芭蕉は、冬の寒さをもたらす天空の巨大な闇と、家の床に横たわって、はかない命を灯している人間とを対比させて、その空間の広がりを独特の遠近感で描いているのかもしれない。

「寒けれど」の「けれど」は接続詞。
「寒い夜」にたいして、「二人寝る夜」と対比的に続けて、「頼もしき」という結論(感想)に導いている。
翌年2月、杜国は伊勢に渡り、「笈の小文」の吉野の旅で、芭蕉に同行している。
読者を誘導するのに巧みな芭蕉は、「寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき」の句で、天と地を対比させた「笈の小文」の旅に、「同行者としての我々読者」を誘導しているのかも知れない。


<関連記事>
◆松尾芭蕉おもしろ読み

◆今まで書いた記事一覧(この文字をクリックすると展開します。)

もっと見る

スポンサードリンク