社殿を飾る白い花「磨なをす鏡も清し雪の花」

熱田には何があったのか?

芭蕉は、渥美半島の厳しい旅からもどって、熱田(現・名古屋市熱田区)に宿泊。
熱田は東海道・宮宿(熱田宿)の宿場町。
熱田神宮の門前町として栄えた所。

芭蕉は、3年前の「野ざらし紀行」の旅で熱田神宮を訪れている。
このときは、熱田神宮は廃墟のように荒れ果てていたという。

今回、伊良古崎の旅から名古屋方面に向かってもどり、熱田神宮を参拝したときは、社殿は改修されていた。

磨なをす鏡も清し雪の花
松尾芭蕉

(*磨なをす:とぎなおす)

この「鏡」は、神社に祭ってある丸い鏡のこと。
芭蕉は、熱田神宮の改修された社殿を参拝したとき、そこに祭られた鏡に自身の姿を映して見たのかもしれない。

磨きなおされた清らかな鏡に、はたして、芭蕉の姿は映っていたのか、いなかったのか・・・・。

場面は暗転して、はらはらと白い花びらのような雪が落ちてくる上空。
舞い落ちる雪を見つめていると、自身が花びらの降る天空へ舞い上がって行くような錯覚を覚える。

芭蕉は、そんな錯覚におそわれたかどうかは別として。
地上の清い鏡と、天空の雪の花の対比が、とてもメルヘンチックなイメージを広げている。

それは辺境の旅からもどった芭蕉の、安堵感を表したもの。
芭蕉は、伊良古崎までの旅で、自身の鏡を磨ぎなおした思いであったかもしれない。

で、冒頭の「熱田には何があったのか?」
それは、3年前とは見違えるほど修復された熱田神宮の境内で、神々しいものがもたらす清らかな「安堵」ではあるまいか。
渥美半島の旅では辛かった雪が、いまは花となって、芭蕉に安らぎを与えているような。

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