芭蕉の無念「徒歩ならば杖つき坂を落馬哉」

「笈の小文」には、『「桑名よりくはで来ぬれば」と伝日永の里より、馬かりて杖つき坂上るほど、荷鞍うちかへりて馬より落ちぬ。』という前書きがある。

(日永の里:現・四日市市・日永)

徒歩(かち)ならば杖つき坂を落馬哉
松尾芭蕉

この句を「徒歩ならば」と「杖つき坂を落馬かな」とを区切って読んでみると、芭蕉の無念さが伝わってくる。
「徒歩ならば良かったのだが・・・・・・・・・・。」という余韻が長く尾を引いてのち、「歩けないせいで、杖つき坂で落馬して危険な目にあってしまった。」と深く嘆く。
老齢にさしかかった芭蕉にとってはショッキングな事件であった。

【*杖つき坂:杖衝坂(つえつきざか)は、三重県四日市市・采女(うねめ)にある東海道の急坂の名称】

楽をしようとして、馬を頼んだのが間違いだった。
怠け心は怪我のもと。

あるいは。
この坂道を、歩いて登れないほど体力が低下している。
こんなに、体に力が無いのでは、この先が思いやられる。

真っ逆さまに落馬していたら、首の骨を折って死んでいたかも知れぬ。
ああ、徒歩ならば、こんな危険も避けられるものを・・・・・。

芭蕉は、年老いて非力となっても、旅を続けなければならない自身の身の上を案じただろう。
徒歩で旅を続けられたらなぁ、という芭蕉の思いが伝わってくるような句だと思う。

落馬とともに落胆。
落胆の句に、季語はいらない。

年老いての冬季の旅は、大きな徒労感を伴う。
その疲れもあってか、バランスを崩して馬から落ちてしまった。
だが、落馬しても俺はこんなに無事だぞ、という芭蕉の思い。

その思いをこの句に込めて、芭蕉は、旅の徒労感を吹き飛ばそうとしたのかも知れない。

徒歩ならば、落馬などというトロい目にあわずに済んだものを。
「旅人と我名よばれん」と宣言したからには、もっと脚力を鍛えなければいけない。
俺は、死ぬまで旅をし続けなければならないのだから。
と、芭蕉は、ショックを克服し決意を新たにしたことだろう。

自身の失態を句にすることで、今後の教訓として、いつまでも心に留め置こうとしたのでは。

徒歩ならば杖つき坂を落馬哉

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