芭蕉の帰郷「旧里や臍の緒に泣くとしの暮れ」

芭蕉は3年ぶりに故郷の生家にもどってきた。
貞享元年の「野晒紀行」の旅以来の帰郷である。
そのときの帰郷では、「手にとらば消えんなみだぞあつき秋の霜」と、前年(天和三年六月)の母の死を悲しんで句を詠んだのだった。

44歳の初老の身で、冬場のしんどい旅を続け、杖つき坂では落馬したりしながら、やっと生まれ故郷にたどり着いた。
兄や姉妹達は、だんだんと年老いてきている。
その、老齢に近づいた風貌が気になって、そこを見ないではいられない。

父母が、今ここに居てくれればと、父母が元気だった昔を懐かしむばかり。
子どもの頃は、父や母から、大きな慈愛を受けた。
そのことを思い出しても、父や母がこの世に居ないのだから、悲しみが募る。
父母がいない家の中で、思いだけが次から次へと湧いてくる。

旧里や臍(ほぞ)の緒に泣くとしの暮れ
松尾芭蕉

芭蕉の「臍の緒」は、芭蕉が生まれたとき、父母が大切に取って置いたもの。
母の胎内で、母とつながっていた「臍の緒」を見ると、優しかった母のことを思い出す。

芭蕉の「臍の緒」を、両親が亡くなった後も、捨てずに取って置いてくれた兄。
その兄に対して、感謝の気持ちが湧いてくる。

こうして、兄弟が揃って再会できるのも、兄が家を守ってくれているおかげである。
「臍の緒に泣く」のは、父母を思い出し、兄に対しての感謝の思いで、涙が出てくるのだろう。

「臍の緒」は、過去の家族の「つながり」を象徴し。
「旧里」は、家族との旧い思い出を象徴し。
「としの暮れ」は、そんな家族との現在の再会を表現しているように思う。

この句は、芭蕉の実家の、過去から現在につながる雰囲気を、ありありと想像させる。

芭蕉は、「つながる」というテーマを念頭において、この句を作ったのかも知れない。


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