春がきて、あたたかくなって桜が咲く。
決して画期的な出来事ではないが、なにか新時代がやってくるような。
そんな気分にさせる桜の開花。
花を見て気持ちが一新するなんてこともある。
心を改めたり。
「真人間になろう」と、ひそかに花に誓ったり。
「おれは立ち直れるだろうか」と花に問いかけたり。
「ようし心機一転だ!」と叫んだり。
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次々と開花。 |
「アネさん、アッシはねえ・・・・・」
「どうしたのさ。」とアネさんが首をかしげて笑っている。
「アッシは真人間になりやす。」
「バッカじゃないの、とうの昔にニンゲンだろうが。」
「いえ、アッシは昔はサルでした。」
「サルって、あのエテ公のことかい」アネさんは首をかしげて笑っている。
「そうでやす、エテちゃんでげした。」
「それじゃ、真人間になるよりも真猿になりな。」
アネさんは、手拭いで頬被り。
陽が一段と強く射し込んでいる。
「真猿・・・・ですかい。」
「そう、まず真の猿になりな。」頬被りの陰で目が笑っている。
「サルになってからは、だいぶ経ちやすが・・・・。」
「じゃサルになる前はなんだったのさ。」手拭いの端が風にそよいでいる。
「ネズミっす。」
「あら、気持ちわるいわねえ、ネズ公の前は?」
袖口から白い腕が延びて、手拭いの端を指で摘まんでいる。
着物の裾回しの色は、淡くぼかした薄紫。
「へ?」と男。
「だから、ネズミになる前は、なんだったのさ!」
「たぶん、恐竜。」
「おっと、大きく出たね、で、そのたぶんって、なんなのさ。」
「ひょっとしたらサカナだったかも。」
「こんどは魚かい、で真魚だったのかい、それとも出来そこないだったのかい。」
「それが、出来そこないのアミノ酸でげした。」
「おや、進化論じゃないか、学校で習ったのをよく覚えているんだねえ。」
「へえ、猿知恵でして。」
「また猿にもどったのかい。」アネさんは、くるくる舞いながら落ちる花びらを手の甲にのせた。
「いえ、アッシは真人間になりやす、この桜の花に誓って・・・きっと・・・。」
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順を争うように開花。 |
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このつぼみも、明日には花開くだろう。 |