雑談散歩

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散歩がてら浦町神明宮の宵宮見物

屋台が道の両側にびっしりと。


13日の勝田稲荷神社の宵宮につづき、今夕は浦町神明宮(うらまちしんめいぐう)の宵宮見物。
夕暮の蒼き空の下、夜店の灯りがカラフルに輝いている。

その夜店に囲まれた道路には、すでに大勢の参拝客。
浦町神明宮は勝田稲荷神社よりも1キロメートルほど北の場所に鎮座している。

浦町神明宮の住所は橋本2丁目。
浦町神明宮の「浦町」とは、現在の青森市の「浦町」のことでは無い。

その昔、このあたり一帯が浦町村であった頃、「浦町」という地名を神明宮の頭に冠したためと思われる。

浦町神明宮の創建の年は不明とされている。
青森県神社庁の由緒書きによると、創建されたときは青森浦町元伊勢という所に鎮座していたという。

「元伊勢」という古い地名は、現在の浦町神明宮が建っている場所を示しているらしい。
それが、 寛永二十年、 弘前藩二代藩主信牧公の時、 青森町繁栄のため、 浦町村元伊勢より柳町へ遷宮。

現在の「浜町神明宮」は、当時の浦町村元伊勢より遷宮した「神明宮」が諸事情により遷宮を繰り返し、現在の地(本町2丁目)に鎮座したものであるという。

一方「神明宮」を失った浦町村の人々は、嘆願により浦町神明宮を享和2年に再興した。 
浦町神明宮は、明治六年「村社(そんしゃ)」に列せられたという。

ちなみに「村社」とは、旧制度の社格(神社の格式のこと)のひとつ。
「村社」の格式は、「郷社(ごうしゃ)」の下で、「無格社」の上であるとされる。


夜店が立ち並ぶ。


「神明宮」は全国各地に鎮座し、全て伊勢信仰に由来するものであるという。
青森県内にも、54の「神明宮」が存在する。

浦町神明宮の御祭神は、天照大神(アマテラスオオミカミ)・大宮能賣神(オオミヤノメノカミ)・猿田彦神(サルタヒコノカミ)。

天照大神と猿田彦神はよく知られているが、大宮能賣神についてはあまり知られていない。
これにはいろいろな説があり、判然としない。
一説には大宮能賣神は、皇宮の祀祭神八柱のうちの一神で、「稲倉魂大神(うかのみたまのおおかみ)」の母神であり、人間と稲荷様との中継ぎをしてくれる女神様であるという。
「倉稲魂大神」は先日お参りした勝田稲荷神社の御祭神でもある。

浦町神明宮の宵宮では、賑やかにカラオケ大会が奉納されていた。
「大宮能賣神」は「天宇受賣命(アメノウズメノミコト)」の別名であるという説があり、「天宇受賣命」が「技芸上達の神様」とされることから、カラオケ大会が催されているのだろう。

そのカラオケ大会は天照大神にも捧げられている。
こうしてみると、古代神話の神様と現代人との交流が宵宮祭りなのではあるまいかと思えてくる。

浦町神明宮の摂社(末社)に「岩木山大神」が祀られたあった。
八甲田山の裾野にある青森市であるから、八甲田神社の摂社(末社)のほうがふさわしいのではと思うのだが、素人の浅はかさであろうか。
「岩木山大神」の力の大きさを見せつけられた印象を持った。

散歩がてらに浦町神明宮の宵宮を見物して、宵宮巡りも面白いなと実感した次第である。

※参考サイト
青森県神社庁ホームページ
日本の神社・寺院検索サイト「八百万の神」


参道の入り口。


参道。


コンクリート造りの拝殿。


奉納カラオケ大会。


岩木山大神の摂社(末社)。
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