凡兆のナメクジの句(2)「あばらやの戸のかすがいよなめくじり」

あのナメクジ君が帰ってきた。
放浪の旅に疲れて帰郷し、今は、捨てた家に閉じこもって、戸の「かすがい」になっている。
かつての冒険少年が、夢破れて、引きこもりのニートになってしまったのか。
しかも、捨てた家は、ボロボロのあばら家と化した。

あばらやの戸のかすがいよなめくじり
野沢凡兆

「あばらや」とは、隙間の多い、荒れ果てた家のこと。
現代でも、放置された空家があばらや状態になっていることが多い。
「かすがい」とは、木材をつなぎ合わせておくための金具とか、戸を締めておくための金具のこと。
戸を閉めておくための金具は「かけがね」とも呼ばれている。

掲句の「かすがい」は戸締り用の金具のことであろう。
戸にべったりと貼りついたナメクジの様を、「かすがい」に模して、戯画的な句にしている。

この句は元禄14年発刊の「荒小田(あらおだ)」におさめられている。
凡兆と言えば、元禄4年発刊の俳諧集「猿蓑」所収の句が話題に登ることが多い。
凡兆の全盛期は、「猿蓑」の時期であると、よく言われている。
それほど凡兆の優れた句が「猿蓑」に多く集中しているということなのだろう。
句の優劣は、素人の私には解らないが、「猿蓑」の凡兆の句に鮮明なイメージを感じたのは確かである。

「猿蓑」以後に凡兆は、元禄6年頃投獄されたと推測されている。
投獄と同時に、凡兆は当時の俳壇から消える。
そして、何年か後に出獄して、再デビューを果たしたのが俳諧集「荒小田」であるとされる。
「荒小田」所収の凡兆の句にも、興味深いものがあると私は感じている。
そのひとつが掲句。

この説明的な叙景句に、「物語性」を感じているのは私だけだろうか。
「猿蓑」の凡兆が、「荒小田」で復活したように、「猿蓑」のナメクジが「荒小田」に帰還したのだ。
と言い切るのは大仰な偏見かもしれないが。

帰還したナメクジ君は、「あばらや」を終の棲家としたのだろう。
「五月雨に家ふり捨ててなめくじり」の威勢のいい旅立ちと、「あばらやの戸のかすがいよなめくじり」の静かな諦念。
「猿蓑」の頃、凡兆が描いてきた「もの」が、そのまま「物語」へとつながっていく。
凡兆の「物語」は、自身が主人公である芭蕉の、自作自演の「劇」と違って、「もの」が主役。
掲句では、「かすがい」となった「なめくじり」が物語の主人公。
「荒小田」の時期も、まだまだやる凡兆であったと思う。

ところで「荒小田」は俳諧師榎並舎羅(えなみしゃら)の編著。
榎並舎羅は、芭蕉の門人「槐本之道(えのもとしどう)」の門人だった人。
「猿蓑」以後、芭蕉から離れていった凡兆だったが、芭蕉の縁からは離れられなかったということだろうか。
当時の俳諧の世界では、それほど芭蕉の影響が大きかったということなのだろう。

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