2016/12/18

凡兆のナメクジの句(1)「五月雨に家ふり捨ててなめくじり」

奇妙な動物だが、古くから人の日常生活圏に生息してきた生き物。
ちょっと前までナメクジは、地方では日常生活の周辺でごく普通に見られる生き物だった。
私が子どもだった頃の旧稲垣村(現つがる市)では、梅雨時に家の周辺でよく見かけた。

江戸時代には、ナメクジはヘビやカエルとともに、「三すくみ」のメンバーになっている。
三メンバーとも、ちょっとキモい存在のものばかり。
嫌われ者ではあったが、いろいろと話題に上がった「軟体動物」であったらしい。

五月雨に家ふり捨ててなめくじり
野沢凡兆

この句は「猿蓑集 巻之二 夏」に収められている。
「なめくじり」とはナメクジのこと。
当時ナメクジは、カタツムリの殻を抜け出た姿だと信じている人も多かったという。
現代では、カタツムリなどの巻貝(軟体動物門腹足綱)のなかで、殻が退化したものがナメクジであるというのが定説。

「ふり捨てて」は、放っておくとか置き去りにするというような意。
捨てて顧みないという意味もある。
とすれば、この「家」とはカタツムリの殻のように受け取れる。
湿気が多い梅雨時に、もう家(殻)に閉じこもっている必要のないナメクジが、重い家を捨てて歩き回っている。
少しユーモラスな、そんなイメージだろうか。
凡兆は、ナメクジとカタツムリが同一ではないことを知ってか知らずか。
この句は、ナメクジがカタツムリの殻を脱いだ姿だと想定して作られている。

あるいは、「家」とは人間の家のことかもしれない。
主人公のナメクジ君が、今まで住み処としていた人間の家を捨てて、梅雨時の空の下へ旅立っていくという物語のプロローグのようでもある。
どちらにしても、この句の「家」には重荷のようなイメージがつきまとう。
振り捨ててしまいたい労苦。
家を背負って生きる労苦。
同一の空間のなかで、一生を送る労苦。

叙景詩人である凡兆が、カタツムリの殻に対して「家」という暗喩表現を用いたとすれば、「家」に対する凡兆の感情(感想)が、垣間見えるような句である。
擬人化された「なめくじり」が「家」をふり捨てるという、「なめくじり」の意志が感じられる。
この「なめくじり」の意志が凡兆自身の意志なのかどうか。
それはわからない。

凡兆は、「猿蓑」以後何年かに獄中の人となった。
その訳は、登芳久著「野沢凡兆の生涯」に以下のようにある。
野沢凡兆の没後70年目に刊行された加賀金沢出身の高桑蘭更(らんこう)の『俳諧世説』(天明五年刊)には、「嘗(かつ)て罪ある人に、したしみ、其連累をかふむりて獄中に年を明しけるに」とあって、その罪状は明らかではないが、誰かの巻き添えをくって獄にあったことは確かである。
凡兆出獄は、元禄十一年(1698年)頃。
年齢は58歳前後か。
出獄してからは、病死する74歳ぐらいまでの約16年間 、妻の羽紅(うこう)と一緒に働き暮らしていたというから、貧しくても平穏な日々を過ごしていたかもしれない。
羽紅は、病に苦しんだ凡兆の最期を看取り、その8年後に他界したという。

凡兆にとっての「家」とは、羽紅と一緒に過ごす場所のことで、「ふり捨て」る場所ではなかったと思われる。
こう考えると、句にある「家ふり捨てて」が凡兆の意志とは考えにくい。
やはり、凡兆の空想のナメクジ君が、厄介な殻を脱ぎ捨てて冒険の旅に出る物語のプロローグなのか。
それとも、今まで住み処にしていた人間の家を飛び出して、気兼ねのいらない自然世界を目指すナメクジ君の物語の始まりなのか。

「五月雨に家ふり捨ててなめくじり」。
梅雨時の「なめくじり」をユーモラスな視点で描いた凡兆だったのではあるまいか。

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