凡兆の「京はみな山の中也時鳥」と芭蕉の「京にても京なつかしやほととぎす」

登芳久氏著の「野沢凡兆の生涯(芭蕉七部集を中心として)」に、凡兆の謎のような句が載っている。

京はみな山の中也(なり)時鳥(ほととぎす)
野沢凡兆

巷間では、ほとんど話題にのぼらない句である。
その理由は、あまりにも唐突で、解釈に困る句だからではないかと私は思っている。
登芳久氏もこの句については、なんの言及もされていない。
「野沢凡兆の発句」という項目に、「あかさたな」順に、資料として羅列されている句のひとつに過ぎない。

凡兆と芭蕉の「ほととぎす」の句


句の羅列のなかから掲句を見つけた時、私はこの句にあまり心を惹かれなかった。
ホトトギスが鳴くようになると、京都の人はみな、まるで山の中にでもいるように静かに、その鳴き声に聞き入ってしまう。
そんなイメージを作り出して、なんとなく納得していた。
当時の京都の住人は、みな粋人ばかりだったのだろう。

ところが、その後芭蕉のある句に出あって、急に興味が湧いた。
凡兆のこの句には、芭蕉のその句を連想させるものがあったのである。

京にても京なつかしやほととぎす
松尾芭蕉

上記の句が、芭蕉のその句である。

京風情に対する芭蕉の憧憬と郷愁


京都にいないときには、京都のことがいろいろと思い出されて、京をなつかしむことが多い。
京の地は、芭蕉にとって憧憬と郷愁の対象なのである。

今こうして京の地にいても、ホトトギスの鳴き声が聞こえてくると、様々な京風情を思い起こし、憧憬と郷愁の情が湧いてくる。

もしかしたら芭蕉は、敬愛する西行のことを想っていたのかもしれない。
京都に縁のある宗祇や雪舟や利休のことが、頭にあったのかもしれない。

現在滞在している京都と、芭蕉が恋焦がれている風情あふれる京都。
京都での旅の生活を実感しつつ、同時に、生活臭の無い風雅な京都を思い浮かべている芭蕉。
私はこの句に、そんなイメージを感じている。

「京にても・・・」の句は、元禄三年六月上中旬の作と「芭蕉年譜大成」にある。
元禄3年と言えば、「猿蓑」に取り掛かる前年。
「野沢凡兆の生涯(芭蕉七部集を中心として)」によれば、凡兆が芭蕉との面談の機を得たのは元禄元年頃だという。
その後凡兆は、芭蕉の信任を得て、蕉門の俳諧集「猿蓑」の編集を去来とともに任される。

凡兆と芭蕉の出会いと離反


それが元禄4年の「猿蓑」発刊後、凡兆と芭蕉は疎遠になっている。
急速に接近し、急速に離れていった凡兆と芭蕉。
様々な原因が説かれているが、双方に双方を批判する書が残っていない以上、不仲になった原因は解明されていない。

凡兆の「京はみな・・・」の句が、いつごろの作かは不明である。
掲句が「猿蓑」以後の句だとすれば、凡兆は芭蕉の「京にても・・・」の句を踏まえて掲句を作ったのではないかと私は空想している。

都市生活者としての凡兆の感性


漂泊の旅人として京都に立ち寄った芭蕉。
一方、凡兆は京都という都会に居を構え、医者と言う稼業で生計をたてている生活者。
「市中は物のにほひや夏の月」と都市住民の生活臭を詠った詩人である。
凡兆は、ホトトギスの鳴き声に幻出する「京」は、生活感の無い芭蕉の幻想の京都ではないかと思ったのかもしれない。

もし、ホトトギスの鳴き声によって雅になる「京」があるとすれば、そんな「京」はすべて山の中にあるんじゃないのか。
凡兆は自身の句の「山」という語を、暗に「旅」を示すものとして使ったのかもしれない。

現実の京都は、人々の暮らしの息遣いであふれている都市。
花鳥風月的なホトトギスの鳴き声は、生活の背後の山にある。
言うなれば、BGM。
そういう凡兆の感性が込められているような句であると、私はこのごろ感じ始めている。

芭蕉の句に対する凡兆の対決句


物の存在感を描き出すことで何かを表現しようとした凡兆にとって、芭蕉の「京にても・・・」の句は、都会の現実から遠く離れた山の中の幻想のように見えたのではなかろうか。
こういう私の感想は、飛躍の度が過ぎるかもしれないが、私の中ではこのふたつの句が微妙に対決しているように思えるのだ。

ところで、私は以前「ほととぎす何もなき野の門ン構」という凡兆の句を記事にしたことがあった。
その記事のなかで、この「ほととぎす・・・」の句は、芭蕉(蕉門)に対して批判的なイメージを含んでいるのではないだろうかと私は書いた。

今回も、凡兆の「京はみな山の中也時鳥」の句は、芭蕉の「京にても京なつかしやほととぎす」の句に対する批判的なイメージを盛り込んだ句なのではないかと思った次第である。

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