布さらすうすや川辺冬木立

布さらすうすや川辺(かわべの)冬木立
野沢凡兆

最初この句を読んだ時「うすや」の「うす」は「失す」だと思った。
「うすや」の「や」は詠嘆の間投助詞「や」。
「や」は、句の切れ字でもある。
それで、この句から感じたイメージは以下の通りであった。

季節は冬。
川に晒された布が、川べりの物干しに下げられている。
川の水で晒したあとは、天日に晒すために布を広げているのだ。
川から上がった布が、次々と干されていく。

幾枚も、幾枚も。
干されるたびに、いままで見えていた川辺の風景が消えていく。
川辺の木立が視界から消える。
真っ白な布の幕が冬の陽光に輝いている。

ああ、川辺の木立が白く消えていくなあ。
と凡兆はため息をつく。
人の生活と自然との境目が白い布のようで面白い。
そう、凡兆は感じたのか。
そんな冬の情景を句に詠んだ。

江戸時代では、綿や麻の布を純白にするために、川に布を晒した。
さらにそれを天日に晒して漂泊したという。
掲句は、凡兆がその作業を眺めながら詠んだものと、私は思っていた。

ところで最近、「野洲川(やすがわ)や身は安からぬさらしうす」という句を見つけた。
この句は、松尾芭蕉の「存疑句」と言われているもの。
そのせいかこの句は、「芭蕉年譜大成(著:今榮藏)」には載っていない。

滋賀県野洲市に「 百足山(むかでざん)十輪院」という寺院がある。
その境内に「野洲川や・・・」の句を刻んだ「芭蕉句碑」があるという。
ただこの句の出典が不明であるため、この句が芭蕉作であるかどうかの真偽は不明となっている。

この句で私が気になったのは「野洲川」「さらしうす」という言葉。
野洲川(やすがわ)は滋賀県最大の川で、琵琶湖に注いでいる。
野洲川は「野洲晒(やすさらし)」で知られている川である。
「野洲晒」とは、野洲地方の産物の晒し麻布。
この麻布を、野洲川の水に晒す工程があるとのこと。

京都で和装繊維製品総合卸売業を営んでいる「株式会社市原亀之助商店」のホームページに、「野洲晒」についての説明がある。
それによると「野洲晒」は、「晒粉に浸し>水洗>布炊き>布天日干し>灰汁うち>杵で布搗(ぬのつち)>糊付け」という工程を経るという。

この工程の「杵で布搗(ぬのつち)」とは、臼のなかに布を入れて杵で打つこと。
とすれば、 「野洲川や身は安からぬさらしうす」「うす」とは「臼」のことと思われる。

布晒し作業のイラスト。「日本山海名物図会(平瀬徹斎 撰、長谷川光信 画)」国立国会図書館デジタルコレクションサイトより。
上の図は、国立国会図書館デジタルコレクション>日本山海名物図会 5巻>[4]にあるインターネット公開許可のある画像。
画像右側の説明書きの部分を、私が拡大したものが下にある縦長の画像である。
このページのタイトルが「奈良晒(ならさらし)」となっているのを読むことができる。

奈良晒の説明書き。「日本山海名物図会(平瀬徹斎 撰、長谷川光信 画)」国立国会図書館デジタルコレクションサイトより。

「奈良晒」をインターネットで検索していたら、小学館の「日本大百科全書(ニッポニカ」の記事に辿り着いた。
その記事を簡略にまとめると下記のようになる。
  1. 農家の副業として行われた。
  2. 生産工程は、農閑期に手績(う)みにより糸を作る。
  3. 織り上げたのち、灰汁(あく)に浸(つ)けて不純物を除く。
  4. 臼(うす)で搗(つ)いて柔軟にする。
  5. 河原や野原で晒す。
これを読むと「野洲晒」と「奈良晒」の工程に、共通している部分があることが分かる。

「臼(うす)で搗(つ)いて」という共通部分は、布晒しの工程で「臼」を使うことを示している。
「野洲晒」でも、下の画像の「奈良晒」のイラストにあるような「臼」を使っていたに違いない。
これで、「野洲川や身は安からぬさらしうす」「うす」は「臼」であることが分かった。

布晒しの臼のイラスト。「日本山海名物図会(平瀬徹斎 撰、長谷川光信 画)」国立国会図書館デジタルコレクションサイトより。
と、ここまで長々と書いたのは「野洲川や身は安からぬさらしうす」と「布さらすうすや川辺冬木立」との共通点を探るためであった。

このふたつの句に共通する言葉は、「川」と「さらし(す)」と「うす」である。
そしてふたつの句が、布を漂泊する「晒し」という仕事を取り上げている。

となれば、凡兆の「布さらすうすや川辺冬木立」の「うす」は「失す」ではなくて「臼」であると言えるのではあるまいか。

凡兆は、「布晒し」の産地の川辺りを歩いていた。
そして、木立の間に置かれた布を晒す「臼」を目にしたのだろう。
人のいない川辺りにポツンと置かれた「臼」の存在感が凡兆にとって印象的だった。
これが、寒い冬に布を晒す道具の「臼」なのだと心を動かされる。

物を描くことで、「もの」の存在感を表現しようとする凡兆。
凡兆は、この川辺りの冬木立のなかで行われる「布晒し」の作業を思い浮かべた。
農閑期の農民たちが、寒空の下で「晒し」を生産する。

「布さらすうす」という生活(仕事)の道具と、「川辺冬木立」という冬の自然。
それらを、切れ字「や」で結びつけた凡兆。
「や」には、強い詠嘆が込められている

自然のなかに置かれた臼を描くことで、布を晒す農民の存在感を強く表現しようとしたのではあるまいか。
掲句は、そういう凡兆の感情が伝わってくるような叙景句であると私は感じている。

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