あまのはらふりさけみればかすがなるみかさのやまにいでしつきかも

冬になると、大根の煮物が食べたくなる。
寒さが増すたびに、大根の煮物を食べたいという気持ちが募る。

そうなると、度々訪れる天野原食堂。
ここの大根と豚バラの煮物は最高に美味しい。
豚バラの旨味が程よく染み込んだ飴色の大根。
口の中で、ジュワ~と広がる幸せの味。
もう絶品だと私は思っている。

天野原食堂は、天野という名字のご夫婦が経営している食堂。
奥さんの旧姓が原だったので、ふたり合わせて天野原食堂という屋号になったのだとか。

駅を出て、駅前の通りをしばらく歩くと、右手に飲食店街の長い横丁が見えてくる。
その横丁に入り、店の看板に照らされた細い道をしばらく歩く。
すると、前方のはるか奥に、天野原食堂の赤い提灯が小さく見える。
横丁の途中には広い畑が海のように横たわっており、海のなかの小道を渡って続きの横丁へと辿り着く。

その続きの横丁の最奥で、天野原食堂の赤い提灯が灯っているのだ。
今の時期は、畑のなかの作物がすっかり取り払われて、暗がりの中、露出した土塊が波のようにうねって見える。

横丁の入口から、はるか遠くにある天野原食堂の赤い提灯を望み見るときの、思いもかけない気分は何だろうか。
ちょっとしたときめきを抱きながら、天野原食堂をふりさけ見る。
天野原ふりさけ見れば・・・・。
この気分は、大根と豚バラの煮物によるものではない。

天野原食堂の美味しい大根の煮物のことを、ある女性に教えたことがあった。
その女性に再会できるかもしれないという、期待のような憧憬のような。
もしかしたら、郷愁に似た気持ちかもしれない。

その女性とは三笠という和食処で出会った。
三笠は、ここからそれほど遠くない春日町の丘の上にある和食処である。
丘と言っても、駅前の通りからは、ちょっとした山のように見える。
商店の灯で明るい駅前通りからは、和食処三笠のある一帯は、黒い塊の山のようであった。
黒い山の中に、和食処三笠の乳白色の明かりがポツンと灯っている。
春日なる三笠の山に・・・・、明かりが灯っている。

私も彼女も独りで和食処三笠に食事に来ていた。
あるとき、カウンターに隣り合わせになったことがあった。
いろいろと食べ物の話に花が咲いて、彼女が大根の煮物が好物だと言ったので、天野原食堂の大根と豚バラの煮物は格別だと教えたのだった。

彼女は季節によって食事をする店を変えるのだと私に言った。
その季節の旬のものを美味しく食べさせてくれる店を巡っているのだという。
季節ごとに店を巡るとは、まるでお月さまのようですねと私が言ったとき、彼女はまるで夜空の月のように微笑んだ。
「それでは冬になったら天野原食堂を訪ねてみたいと思います。」と言って、お月さまは席を立った。

前方で、天野原食堂の小さな提灯が赤く灯って揺らいでいる。
第一横丁の賑やかな飲食店街を過ぎて、寂しい畑地にさしかかる。
土のうねりが、行く手を阻む波のように見える。
畑の片隅に置いてある板切れが、難破船の残骸のように闇に浮かんでいる。
駅の近くとは言っても、地方都市のこと。
通りから一歩外れると、いたって侘しい。

広い畑地の向こうの第二横丁は、第一横丁よりもひっそりとしていて静かな佇まい。
畑の道の中ほどに差し掛かったとき、天野原食堂の格子戸の前で人影が動いた。
その人影は、女性のように思えた。
女性は、入口の前でちょっと立ち止まってから暖簾をくぐり、ガラス戸を開けた。
店の中の明かりが彼女に降り注ぎ、その女性は月のように白く光った。

胸の鼓動が高鳴った。
私の足は、今にもひとりでに駆け出しそうだった。
ああ、あの女性に違いない。
あの月の女性に違いない。
天野原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも。

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