ラズベリーの実を菓子にしたら売れるかもしれない。
プチプチと美味しそうな赤いラズベリーの写真を、雑誌で見た時、私はそう思った。
それにキイチゴは、子どものころよく採って食べた。
あれは、美味しい。
ラズベリーは美味しいから、必ずヒットする。
このところ、店の売上は落ちる一方。
なにか、世間の評判になるような菓子を作らなければいけない。
いろいろと案を練った末に、ラズベリーのパンケーキを作ることにした。
パンケーキなら今流行りだ。
ココア生地を使えばラズベリーの赤が映える。
見た目もオシャレに仕上がる。
生地を焼くのに、薪ストーブの炉を使うことにした。
薪ストーブは、広い厨房内に5台据えてあった。
知り合いのリンゴ農家から、剪定したリンゴの木の枝を薪として譲り受けている。
ストーブを焚くと、ほのかにリンゴの甘い香りが厨房内に漂う。
リンゴの枝の薪は、灰が多く出る。
この灰の余熱を利用して生地をじんわりと仕上げよう。
薪の火と灰の微妙なバランスが、生地を美味しく仕上げる。
5台の個々の炉に薪を均等にいれて燃し、火と灰のバランスを調節する。
生地の美味しさを引き出すのは、なんといっても火と灰さ。
火と灰さ個々炉燃し。
炉を焚くのは、母の担当だった。
彼女は若い頃、風呂屋の窯焚きとして働いていた。
その技量は本物。
ところが母は、炉に火を入れるでもなく、ラズベリーに砂糖を振ってばかりいる。
「そのラズに振っているグラニュー糖は、最後のトッピング用だよ、母さん!」
と私が叫んでも、母はラズに砂糖を振ることをやめない。
ラズは砂糖にまみれて白く消えてしまった。
ラズ振る砂糖母。
そういえば、母はこの頃、謎のような行動をとることが多くなった。
高齢になったのでボケてきたのかもしれない。
そんなことは思いたくもないのだが。
厨房では、黒いとんがり帽子と黒いマントで身をまとっている。
まるで魔法使いのお婆さん。
その黒いマントの隠し袋から、母は赤い蟹を取り出した。
お菓子の蟹かなと思って、近づいてよく見たらモノホンの蟹。
謎の蟹。
しかも菓子では無い。
謎無菓子の蟹。
母はその赤い蟹を私に放ってよこす。
蟹の脚がちぎれて、タイルの床を滑る。
蟹で菓子を作ってくれということなのだろう。
蟹菓子が母の本意なのだ。
母はラズベリーの菓子作りに賛成ではないのだ。
母は漁師町の育ちだった。
子どもの頃、毎日見ていた魚やイカやタコや蟹。
それがお菓子だったら、どんなにステキなことだろう。
いつもそう思っていたと、母が私に話してくれたことがあった。
蟹の菓子。
それが母の本意。
だが、鯛や海老の菓子は見たことがあるが、蟹の菓子は見たことがない。
たとえ蟹の菓子を作れたとしても、あまり売れそうにない。
魔法の森のお菓子の家なら売れそうだが。
老魔女の蟹菓子では、誰も買わない。
それよりもなによりも、私はラズベリーのパンケーキが作りたいのだ。
蟹に本意は無い。
母の本意は一蹴するしかない。
蟹に本意蹴る。
火と灰さ個々炉燃しラズ振る砂糖母謎無菓子の蟹に本意蹴る。
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