破風口に日影や弱る夕涼み

(「破風口に日影や弱る夕涼み」芭蕉年譜大成より。)


破風口(はふぐち)に日影や弱る夕涼み
松尾芭蕉

なんともしびれる情景描写。
軒下でもなければ蔀戸(しとみど)でもない。
濡縁(ぬれえん)でもない。
破風口なのである。

この句を読むと、お寺の入母屋屋根の破風に夕日の陰る光景が思い浮かぶ。
寺の屋根の上には、夕暮れの青空。

夕涼みを兼ねた散歩で、お寺のそばを通ったのだろうか。
ふと建物に目をやると、入母屋造りの破風に斜めに差し込んでいた陽光が陰って、破風口の暗がりが、ひんやりと涼しそうである。

と書いても、破風口(はふぐち)というものがわからなければイメージは伝わらない。
破風口を説明する前に、まず破風(はふ)について説明しなければなるまい。

私は、若い頃、日本の古建築に興味を持っていて、「古建築研究会」という学生サークルに入っていたことがある。

なので、古い神社や仏閣の建物の各部の名称について、ちょっと詳しい。
破風のことも、知っている。
だが、「破風口」は初めて聞くような気がする。


(破風口の説明図。evian画。)


破風は、現代では破風板を指していう。
破風板とは、建物の妻側の屋根の端に、屋根の端に沿って山形に付けられた板のことである。

上図イラストで、私が赤く塗った部分が破風板。
風を破ると書くように、軒と妻壁との接合部に雨風が吹き込むのを防ぐための板である。

また、上図の黄色い点線で囲んだ三角部分を、破風板も含めて破風と呼ぶ。
それで、肝心の破風口のことであるが、破風の中でいちばん口っぽいのが上図に示した箇所ではないかと思われる。

もちろん切妻造りにも破風口は存在するのだろうが、入母屋造りの破風口のほうがよりそれっぽいので、上図では、入母屋造りの破風の箇所だけを矢印で示した。

芭蕉が句で詠んだ破風口は、この入母屋造りの破風口ではあるまいか。
こちらのほうが閉じられた空間であり、夕陽が斜めに射し込んでできる陰影に、詩情が生じやすい。

さて掲句は、元禄五年八月、芭蕉四十九歳のときの作。
友人の山口素堂と両吟で、和漢俳諧を試みたときの芭蕉の作とされている。
句の前書きに「納涼の折々言ひ捨てたる和漢、月の前にして満たしむ」とある。

参考までに素堂の作は「煮茶蝿避烟」。
「茶(ちゃ)を煮(に)れば蝿(はへ)(けぶり)を避(さ)く」と読むのだろうか。

それはさておき、芭蕉の句について。
破風口は、壮大な建築物の一部である。
その壮大さにふさわしく、いろいろな装飾が施されている。

破風口の装飾には歴史感が漂っている。
悠久の時の流れを、芭蕉は、夕暮れの空にそびえる破風口に感じたのかもしれない。
一方、夕涼みという言葉には、庶民感覚が宿っている。

庶民感覚も悠久も、日が陰って闇の中へ消えていく。
庶民と歴史との対比。

そしてどちらもが、夕涼みという日常の時間に溶け込んでいく。
破風口の大時代な装飾が、闇の中に溶け込むように。
そんなイメージの句であると私は感じている。

それに対して素堂の作は、日常の一瞬の動きをとらえていて面白い。
「茶を煮れば烟を避ける夏の蝿」というイメージだろうか。

大伽藍の破風口と、蝿。
芭蕉が大伽藍を詠えば素堂は蝿を詠う。
二人の対比も、なかなか面白いと思った。

尚、元禄六年十月刊の「流川(ながれがわ)集」には、掲句の改案と思われる「唐破風の入り日や薄き夕涼み」が所収されている。

私としては、初案の「破風口に日影や弱る夕涼み」の方が、スケールが大きくて好きなのだが。


(「唐破風の入り日や薄き夕涼み」芭蕉年譜大成より。)

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