此梅に牛も初音と鳴きつべし
【東都名所「江都名所 湯しま天神社」歌川広重 (国立国会図書館デジタルコレクションより転載)】 |
若き日の芭蕉は、西山宗因の「江戸俳壇」への台頭とともに、宗因風(談林俳諧)の影響を強く受け、宗因風に傾倒したとされている。
そして、延宝三年ごろ、芭蕉は談林俳諧流行の波に乗って活発な俳諧活動を展開したと「芭蕉年譜大成」にある。
まだ深川村の草庵に隠棲する前の芭蕉は、「江戸中屈指の俳諧点者」※に登りつめていたという。
ではそのころの、宗因風に傾倒したという芭蕉の句。
言語遊戯性(げんごゆうぎせい)や滑稽諧謔(こっけいかいぎゃく)の作風がみられる芭蕉の句とは、どんなものであったのだろう。
此(この)梅に牛も初音と鳴きつべし
延宝四年春、芭蕉三十三歳のときの句。
「芭蕉年譜大成」によれば、掲句は芭蕉が友人の山口素堂と両吟で天満宮奉納二百韻を興行した際の発句とされている。
深川の草庵(芭蕉庵)に入庵する前の作なので、芭蕉は「桃青」の俳号を用いている。
「此梅に」とは湯島天神(湯島天満宮)の境内に咲いている「ここの梅に」というニュアンスと、「この美しい梅に」というニュアンスが含まれているように思われる。
天満宮といえば、菅原道真公を祀っている神社。
その天満宮には、梅が植えられて牛の象がおかれている。
開花期と初音がほぼ同時期であるから、和歌では梅に鶯というのが定番であるが、芭蕉は天満宮の梅に置物の牛を取り合わせた。
「初音と」の「と」は、「・・・のように」という比喩の格助詞。
「鳴きつべし」の「つべし」は、「つ(確述の助動詞)」+「べし(推量の助動詞)」で「きっと・・・だろう」の意。
あまりにも天満宮の梅が美しいので、置物の牛さえも初音のように、きっと鳴声をあげることだろう。
という滑稽諧謔な場面を、芭蕉は作りあげた。
生きた牛が鶯の初音のように鳴いても面白いが、置物の牛が鳴くのだからなおさら面白い。
掲句の場面自体は滑稽であるが、梅の美しさは損なわれてはいない。
むしろ梅の美しさを、よりいっそう引き立てているような芭蕉の滑稽句である。
ただの言葉遊びではなく、滑稽句のなかにうまく美を組み込んでいるという印象の句である。
「牛も」の「も」は「・・・さえも」という類推の係助詞。
と同時に「もー」という牛の鳴声に掛けているように思われる。
これを言語遊戯性と言えなくもない。
それと、句全体に自然なリズムが感じられるのは、句のなかの語の韻のせいではあるまいか。
「梅」と「牛」の、「う」音の韻。
「初音」と「鳴きつ」の、「つ」音の韻。
「牛」と「べし」の、「し」音の韻。
こんな風に芭蕉は談林俳諧の流行を追いつつ、「江戸中屈指の俳諧点者」※に登りつめる。
しかし、「点取りに狂奔する俳壇大衆とその点料で生活を立てる点者間に演じられる顧客争奪の生存競争」※に失望感を抱くようになるのである。
【※「赤文字」は「芭蕉年譜大成」からの引用】
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深川の草庵(芭蕉庵)に入庵する前の作なので、芭蕉は「桃青」の俳号を用いている。
「此梅に」とは湯島天神(湯島天満宮)の境内に咲いている「ここの梅に」というニュアンスと、「この美しい梅に」というニュアンスが含まれているように思われる。
天満宮といえば、菅原道真公を祀っている神社。
その天満宮には、梅が植えられて牛の象がおかれている。
開花期と初音がほぼ同時期であるから、和歌では梅に鶯というのが定番であるが、芭蕉は天満宮の梅に置物の牛を取り合わせた。
「初音と」の「と」は、「・・・のように」という比喩の格助詞。
「鳴きつべし」の「つべし」は、「つ(確述の助動詞)」+「べし(推量の助動詞)」で「きっと・・・だろう」の意。
あまりにも天満宮の梅が美しいので、置物の牛さえも初音のように、きっと鳴声をあげることだろう。
という滑稽諧謔な場面を、芭蕉は作りあげた。
生きた牛が鶯の初音のように鳴いても面白いが、置物の牛が鳴くのだからなおさら面白い。
掲句の場面自体は滑稽であるが、梅の美しさは損なわれてはいない。
むしろ梅の美しさを、よりいっそう引き立てているような芭蕉の滑稽句である。
ただの言葉遊びではなく、滑稽句のなかにうまく美を組み込んでいるという印象の句である。
「牛も」の「も」は「・・・さえも」という類推の係助詞。
と同時に「もー」という牛の鳴声に掛けているように思われる。
これを言語遊戯性と言えなくもない。
それと、句全体に自然なリズムが感じられるのは、句のなかの語の韻のせいではあるまいか。
「梅」と「牛」の、「う」音の韻。
「初音」と「鳴きつ」の、「つ」音の韻。
「牛」と「べし」の、「し」音の韻。
こんな風に芭蕉は談林俳諧の流行を追いつつ、「江戸中屈指の俳諧点者」※に登りつめる。
しかし、「点取りに狂奔する俳壇大衆とその点料で生活を立てる点者間に演じられる顧客争奪の生存競争」※に失望感を抱くようになるのである。
【※「赤文字」は「芭蕉年譜大成」からの引用】
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