雑談散歩

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私の店は禁煙だからね

月末恒例の飲みへと、独り夜の街へでかけた。
一ヶ月仕事に精を出した自分へのご褒美の日である。

小路にある赤提灯の居酒屋で、焼魚やモツの煮込みなんかを食べてビールをグビグビ。
そのあとは小路の奥のカラオケスナックで歌をガナッた。

「歌をガナッた」とは、わめくように大声で歌ったということね。

私が歌いに行くカラオケスナックに、歌の上手い人は来ない。
常連客の歌唱力は、みんな私とチョボチョボ。

風体も私とチョボチョボのお客が寄るショボい店だ。
カラオケの機械も超旧式で、マイクはワイヤレスじゃない。
古色蒼然である。
老いぼれ探偵にはお似合いの酒場だ。

お客の歌唱力はそれぞれチョボチョボだが、私が歌い終わっても誰も拍手をしない。
この店のお客は、まわりのことを気にかけないマイペースな連中ばかりである。
痩せて髪の長い中年のママさんが「上手い上手い」と三回ばかり手を叩くだけ。

十八番の「山谷ブルース」他二曲ばかりガナったころからお店が混みだした。
カウンター席がしだいに埋まって、私の隣に酔っ払いの老人が座った。
見知らぬ顔である。

昼の三時から今までずっと飲んでいたという酔っぱらい老人の話。
夜の九時頃のことだったから、この老人は六時間ぐらい飲んでいたわけだ。

禿げかかった白髪頭に、歯の欠けた口。
メガネがずれて、目がお酒で溶けている感じ。
でも、物言いはとても謙虚で、突っかかってくるような酔い方ではない。

私がカラオケを歌い出すと、隣の老人も小さな声で歌い出す。
私は音程を外しがちだが、この老人はしっかりと音程をたどっている。
私が歌い終わると「先輩、上手だねえ」と目をトロトロさせている。
2~3曲、そんなことの繰り返し。

「先輩先輩って言うけれど、オタクの方が先輩でしょ」
私は、鼻水を垂らしてニタニタしている老人にそう言った。

すると老人は「いやいや先輩」と言う。
「俺は68歳だけど、オタクさんは何歳だね?」と私が聞くと鼻水老人は「67歳」だってさ。

私はまだバリバリの働き者で、そんなに老け顔ではないと思っている。
今でも修羅場を手際よくこなしているから、私の体つきも老人のものではない。

それなのにこの酔っぱらい老人は、どうして私を自分よりも年上と見抜いたのだろう。
わずか1歳の差じゃないか。
酔っていても、姿勢だって私のほうがちゃんとしているのに。

ひょっとしたらこの老人は酔っていないのかもしれない。
酔ったフリをして、事細かく私を観察していたのかもしれない。
などと思って、隣に目をやると相変わらずの鼻水顔。

どう見たって70歳ぐらいの年寄りである。
だが、その年寄りの目が一瞬キラリと光った。
老人の目の焦点が私をとらえている。

「そういうことか、この偽爺め!」
私はカウンターに飛び上がった。
私を追ってナイフが空を切る。

刃が湾曲しているククリナイフだ。
「一度抜いたククリナイフは、血を吸わせてからでないと納めてはいけない」という言い伝えのある戦闘ナイフである。
私はカラオケのマイクを握って、カウンター席の後ろの壁に飛んだ。
執拗に私を追って光るククリの切っ先。

私は両膝を抱えて空中で回転し、揃えた足で壁を蹴った。
水泳選手が競泳プールでターンするみたいにね。

ククリの切っ先を交わし、偽老人めがけて飛びかかり、マイクのコードを刺客の首に巻き付けて締め上げた。
偽老人の殺し屋は、「ゲッ」とうめいてバタリと床に倒れた。

緩んだ手から落ちたククリナイフが重い音をたててボロスナックの床の上に転がる。

「まだまだ若い者には負けねえぜ」
私は、年季の入ったククリナイフを拾い上げて、そうつぶやいたのだった。

今まで呆然と静止していたスナックの客たちが、パチパチと手を叩いている。
歌を歌っていたときは知らんふりしていたくせに。

スナックのママが愛用のコルトディフェンダーを握って、気絶している殺し屋のこめかみに銃口を向けた。
細い指が今にも引き金を引きそうである。

「やめな、酒がまずくなるぜ」
私は、お湯割り焼酎の入ったコップでママを制した。

それでもママは引き金を引いた。
銃口からポッと燈火が・・・
「こっちはライターよ。でも私の店は禁煙だからね」

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