廊下
夜中に目が覚めた。
頭をあげると、目の前に長い廊下がのびている。
暗い廊下のずっと先に、青白いガラス戸が見える。
見知らぬ廊下だが、どこか懐かしい。
あのガラス戸の先には、小さな庭があって畑があって、その先に水田が広がっているはず。
そういう景色なら知っている。
子どもの頃の生家の景色。
父と母が体を折って田植えをしている。
そのうしろで、祖母が泥にまみれてもがいている。
ふたつ年上の姉が、苗を運んで手伝っていた。
この長い廊下は、そこへ通じているのか。
そんな夢を見ていたら、目がさめた。
目の前に台所がある。
台所の窓から、月あかりが狭い廊下を照らしている。
隣に寝ている妻は、寝息をたてて、まだ彼女の夢のなかだ。
すぐ近くにトイレのドアがある。
そこまでは、立ち上がって四歩ぐらいの距離。
やっと身を起こして歩き、トイレのドアを開ける。
廊下は、こんなにも短かったのか。
トイレの手すりにつかまって用を足し、身体の向きをかえる。
すると布団は、目の前にあった。
ぬけだした布団の空洞が、だんだんと小さくなっていく。
その隙間に足を這わせる。
手探りで妻をさがしたが、どこにもいない。
「廊下が短くなって消えてしまったよ」と妻に知らせたかった。
子どものころの廊下は、気が遠くなるほど長かったなあ。
そんな話を妻としたかった。
どうやら私は、廊下の消えた狭い部屋にいる。
顔のすぐ前に小さな窓が開いている。
ときどき窓から私の顔をのぞき込む人たち。
窓の外の長い廊下を、静かに歩いてくる真顔の人たち。
ああ、やっぱり廊下は長かったのだ。
長い廊下の両側で、妻や娘が笑顔で手を振っている。
孫たちがお菓子を食べている。
私も手を振ろうと思ったら、外から小窓が閉じられた。
闇。
闇の中を、汽車が走っている。
カタンコトン・・・・
カタンコトン・・・・
懐かしい線路の音が、かすかに耳に響いた。