2020/03/02

裏庭の縄文人

街外れの丘陵地に建っている借家を借りたときのことだった。

私はその借家に独りで住みながら、事業を営んでいこうとしていた。
チラシやポスターや看板などをレイアウトする仕事である。

古い和風の平屋には南向きの縁側がついていた。
陽当りの良い縁側から、広い原っぱが見渡せた。

原っぱには背丈が50センチ前後のチガヤが一面に繁茂している。
風が吹くと、細い葉を立てたチガヤの群落が海のように波打った。
それを見ていると目眩が起こりそうになるほどだった。

その原っぱの奥に雑木林が広がっていて、雑木林の向こうには高い山並みが連なっている。
そんな景色が気に入って、その住宅を借りたのだった。

夜に部屋の灯りを消して布団に入ると、野原や遠くの雑木林を吹き抜ける風の音が家の中に舞い込んでくる。
それは、この家が丘の原っぱの隅に建っている一軒家であることを私に実感させた。

引っ越してから3日ぐらい経った夜のことである。
その日はめずらしく風の無い日だったが、縁側からカサコソと音がした。
静まり返った寝室では、その音が微妙に気になる。

裏庭で野ネズミでもうろつき回っているのだろう。
そう決め込んで、うつらうつら眠りだした私の耳に、ヒソヒソと音が聞こえた。
それは話し声かと思われるような、かすかなざわめきだった。

いつものように寝入りばなに夢をみているのだと思った。
そうやって眠りに就くのが私の癖なのだ。
寝入りばなのぼんやりとした夢が、私を深い眠りへと導いてくれる。

そんな朦朧とした夢から私を醒ましたのは、薄いガラスが壊れるようなカシャカシャとい
う音だった。
夢から、暗い寝室の現へとひきもどされた。

私は布団を抜け出て障子を静かに開けた。
そろりと板敷きに這い出し、縁側のカーテンを少しめくって外の様子をうかがった。

遠くの山並みの上に、半月があがっていた。
月のまわりには、切れ切れに雲が浮かんでいる。
半月に照らされて黒々とした深い森に見えるのは、原っぱの奥の雑木林だ。

チガヤの原っぱとこの家の敷地は、三段の低いブロック塀で区切られている。
ブロック塀から縁側までの距離は、4メートルぐらいだった。
奥行きが4メートルで幅が10メートルぐらいの裏庭には、アカメガシやドウダンツツジやイヌツゲなどが雑然と植えられていた。

私は縁側の板敷きに腹ばいになって、月明かりに照らされた裏庭を覗き見しながら音の出どころを探った。
しばらくして、ブロック塀に沿って植えられたイヌツゲの根本あたりがぼんやりと明るいのに気がついた。
よく見ると、イヌツゲの繁みの下に、すり鉢を逆さにしたような土の突起が4つあった。

円錐形の小さな蟻塚のようにも見えるが、4つの土の突起の東側から、それぞれにぼんやりとした灯りが漏れているのである。

不思議な突起物に、私の目は釘付けになった。
じっと見ていると、一つの突起物の灯りが揺れ動いて、土の内側から出てくる人形の形をした小動物が目に入った。

夢を見ているに違いない。
と、私は思った。
しかし、腹ばいになった板敷きの冷たさは現実のものだった。
鳥肌がたっている両腕の感じも現実のものだった。

人形の形をした小動物は、歩いて隣の突起物の中に入った。
耳を澄ますと、土の突起の内側から鳴き声が聞こえた。
その鳴き声には、明瞭に聞こえる音もあったが、不明瞭な音も混じっていた。

文字で書くと「もXXXぎゃ、XXXこうXXXXじゃ」みたいな音の集まりの鳴き声なのである。
その鳴き声の合間に、カシャカシャと何かが壊れる音が聞こえる。

私は、もっとよく鳴き声を聞こうと、縁側のガラス戸を静かに開けて、パジャマ姿の半身を裏庭に乗り出した。
その気配を察してか、突起物の内側から漏れていた淡い灯りが一斉に消えた。

と同時に、土の内側から呼応するような鳴き声が聞こえた。

「でえXXXじゃ、くXXX」
「くXXX、けえXXXでぃ、けえXXXでぃ」
「けえXXXでぃっっっっっっっっっっ、もうXXXあXXXけぞ!」

これはもう小動物の鳴き声ではない。
あきらかに人の話し声である。

私は立ち上がり、寝室の棚にある懐中電灯をつかんで縁側の踏み石の上に立った。
そこから一歩庭に降りて、かがんで懐中電灯の光を土の突起にあてた。
それぞれの突起物の東側に開いている穴は、土塊の内側に通じている入口のように思われた。

その入口を塞いでいる戸のようなものが内側から取り払われ、中から小さな人間がぞろぞろと出てきた。
手に棒を持って、それを槍のように使って私を威嚇しているようだった。
ひとつの突起物から大人の男女二人が出てきた。

その男女の顔を見た私の仰天ぶりは、今までの驚きの比ではなかった。
「目を疑うような光景」とはこういうことを言うのだろう。

二人は、とうに亡くなった父と母だったのだ。
他の人達と同じように、作務衣のような布製らしい衣服を着てクツをはいている。
長い髪の毛を後ろで束ねているのも同様である。

ふたりはまぎれもない父と母だった。
いつも何かに怯えているような小心者の父の顔。
ときどき、ふてくされたような薄笑いを浮かべる母の顔。
忘れることのないふたりの特徴だった。

私は懐中電灯をあてながら、四つん這いのまま父と母に近づいた。
二人は警戒するような表情を一層強めながら、土の突起の中へ潜り込んだ。

入口を懐中電灯の光で照らして、私はおそるおそる中を覗き込んだ。
父は入口から下がったところで、恐怖に引きつった顔で棒を構えていた。
母は奥の方で、カシャカシャとなにかを壊している。

土の突起の内側は、小枝を張り巡らした壁に囲まれていた。
一段下がった土間の中央に、炉のようなものが見えた。
屋根を支えているらしい柱も数本建っている。

私の脳裏に「竪穴式住居」という言葉が浮かんだ。
土で屋根を葺いた土の住宅。
土の突起は、縄文時代を連想させる竪穴式住居だった。

そうすると、小さな人間の彼らは縄文人なのか。
もう私の頭は、理解するとか解釈するとかのために働いていなかった。
ただ目の前で展開している光景を、記憶のスクリーンに写し込んでいるだけだった。

他の竪穴住居からもカシャカシャと音が聞こえている。
住居の土間は、何かの破片で散乱していた。
母はその土間へ、瓶の中の水を撒いて松明を手にとった。

二人は私を威嚇しながら外に飛び出し、松明を住居の土間へ投げ入れた。
たちまち竪穴住居の内部は、竈のように炎が充満した。
瓶の中の水は、油だったのだろう。

他の住居も同様だった。
彼らはそろって駆け出し、ブロック塀に開いた穴からチガヤの原っぱへ消えていく。
母はブロック塀をくぐる前に私の方を振り返って、ちょっと立ち止まり、微笑んだようだった。
しかしそれは暗がりでのことだったので、私の思い込みかもしれない。

そうして彼らはチガヤの大海原へ消えていった。
残された竪穴住居は、次々と土の屋根が崩れ落ちた。

このとき、裏庭が赤い光に浮き上がった。
振り返ると、家の障子がメラメラと炎に包まれて燃え上がっている。
轟音とともに、家の屋根から火炎が噴き出した。

「大変だ、大変だ」という思いが、目まぐるしく頭の中を駆け回った。
あとは、どこをどう逃げたのか記憶にない。

気がつくと、道路に座り込んで、呆然と借家が焼け落ちるのを見ていた。
街のほうから消防車のサイレンの音が、だんだん近づいてくるのを聞いていた。


私が借りた借家は野中の一軒家だったので、幸い延焼はなかった。
消防官の火災調査結果は、「漏電による火災」だった。

屋根裏の配線が経年劣化していたのだ。
電線の絶縁被覆が損傷し、漏電火災が起きたということだった。

長い間空き家で電気の使用がなかったところへ、私が引っ越してきて急に電気が通った。それが漏電火災のきっかけになったのだという。

年老いた大家さんは、貸家の点検に不備があったと私に謝った。
まだパソコンとかプリンターとかの機器を運び入れる前だったので、私の被害は少なくて済んだ。

私は、数日経ってから火災現場を訪れてみた。
裏庭は、植え込みが焼失してしまったらしく、私が引っ越して来た頃の面影はなかった。

それにしても、あの半月の夜の光景は何だったのだろう。
竪穴式住居の跡は消防署員の硬い靴底に踏み荒らされて、付近の泥濘と見分けがつかなかった。
私は記憶をたどりながら、竪穴住居が建っていたと思われる場所を棒切れで探ってみた。
しかし、縄文人がカシャカシャと壊していたものの破片は見当たらなかった。

母が壊していたのは、土偶や瓶や注口土器ではなかったろうか。
縄文遺構から発掘された土器は、故意に壊されたものが多いと聞いたことがある。

私が津軽半島のある村で暮らしていた子どもの頃、母は不用になった皿や茶碗を石の上に落として壊していた。
「自分達の生活臭の染み込んだものを、他所の人の手にさわらせたくないから」というような意味のことを、母は口にしていたのだった。

私は、母の言葉を思い出して、しばらく焼け跡に佇んだ。
たった一晩の短い時間だったが、私の中では縄文人の父や母やその他の住民が懐かしい存在になっていた。

私は、彼らが消えていったブロック塀の穴をぼんやりと眺めた。
ひょっとしたら、彼らがあの穴から顔を覗かせるのではないかというあてのない期待感があった。
しかし穴からは、節のあるチガヤの茎が見えるだけだった。

かれらが住居に火を放って逃げたのは、私がここに引っ越してきたからに違いない。
平穏な生活を乱す者から避難したのである。
「自分達の生活臭の染み込んだものを他所の人に見せたくない」という思いで住居を焼き払ったのだろう。

火事にあった竪穴式住居跡も縄文遺構から発見されている。
それが故意の火事であるかどうかは、研究者の意見の分かれるところらしい。

痕跡を残さないというのが縄文人の生き方なのか。
もしそうであるなら、縄文人は現代でも痕跡を残さずに姿かたちを変えて、脈々と生きながらえているのかもしれない。
そういう感傷が湧いて出た。

なぜ亡くなった父と母が、縄文人としてここで暮らしていたのだろう。
それは、不思議な巡り合わせとしか言いようがない。
彼らはどこからやってきて、どこへ去っていったのか。

ただあの光景を目撃して以来、私の中にある考えが生じている。
それは、私もいずれは裏庭の縄文人として古代を生きるのかもしれないという漠然とした予感である。
それが縄文人を目撃した者の宿命なのではないだろうか。


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