2020/05/20

こんな目

子どもの頃、私はこの家の長い廊下でよく遊んだ。
縁側の長い廊下に沿って、ガラス戸の向こうに広い庭があったが、外に出ることはなかった。
庭には、苔の生えた石灯籠があったり、朽ちたお社のような建物があったり、濁った沼があったりで、陰鬱な様子が怖かったのである。
庭の草薮に棲んでいる蛇が廊下に上がりこんで来たこともあった。
ガラス越しの陽光で、大きな蛇が日向ぼっこをしていたのである。
そんなことが度々あったので、縁側のガラス戸は堅く閉じられるようになった。

長い廊下の奥の灰色がかった漆喰壁に火灯窓がはめ込まれていて、雨の日には、よく窓枠から雨水が染み込んでいた。
火灯窓の左手に、厚い板戸で仕切られた部屋があった。
半分開いた板戸からは、格子状に組まれた太い角材の檻が見えた。

檻の内で、私の父が暮らしていた。
廊下の奥から聞こえる罵り声や泣き声や笑い声は、狂人である父が発したものだった。
子どもの私は、長い廊下を歩いて、ちょくちょく座敷牢を訪れていた。

それが見つかると、家の者に強引に居間に戻された。
居間には、居間で暮らしている父がいた。
のっぺらぼうな感じの、表情の読み取れない母がいた。
居間の父と母は、座敷牢に行くたびに私をなぐってこらしめたが、数日過ぎるとまた座敷牢を訪れるのが私の癖になっていた。

座敷牢の父は、私の顔を見るといつも穏やかになった。
体が小さかった私は、格子の隙間をくぐり抜けて、よく檻の内で父と遊んだ。
父は、私を膝の上に乗せていろんな話をしてくれた。
その話が面白くて、私は座敷牢通いを続けていたのだった。

そんな私に見切りをつけたのか、居間の父はしだいに何も言わなくなっていた。
母は、もともと何も言わない人だった。
私の座敷牢通いは自由になった。
いつしか私は、座敷牢のなかで父と暮らすようになった。
父の話は壮大で、私は檻の内でまだ見ぬ世界を思い描いていた。

私が18歳になったとき、父は座敷牢の内でひっそりと亡くなった。
朝に目を覚ますと、隣の父は穏やかな表情で息を引き取っていた。
私は、これを機会に檻の外へ出ようと思ったが、居間の父がそれを許さなかった。
遅かれ早かれ、おまえはこういう運命になるのだと父は私を蔑んだ。
もう小さくないので、私は格子の隙間をくぐり抜けることも出来なかった。

私は自分の運命を呪い、泣きわめき、そして嘲笑った。
そんな日々が続いたある日、檻の前の廊下で、小さな男の子が私を見ているのに気がついた。
「ほら、くぐっておいで、おれと遊ぼう」と私はその子に声をかけた。

その子は利発そうな目をして、じっと私を見つめるだけだった。
お伽噺にも、怪奇物語にも、幻想譚にも興味を持つことのない怜悧な視線。
このとき私は悟った。
私が子どものとき、こんな目をしていたら、こんな目にはあわなかったろうと。

長い廊下の奥から、家族団欒の笑い声が聞こえる。
父と母と子どもの楽しそうな会話が聞こえる。
あの陰鬱な庭は、埋められて、今は高層アパートが建っている。
火灯窓は取り払われて、大きな透明ガラスのFIX窓がついている。
FIX窓の向こうのビル街の上に、月が上っているのが見えた。

ゆらゆらと揺れている蒼い月の姿がなつかしかった。
座敷牢のなかで狂死した父の、蒼然とした顔色に似ていた。


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