2021/09/02

ダシール・ハメット著、小鷹信光訳「マルタの鷹」を読んだ感想

ダシール・ハメット著、小鷹信光訳「マルタの鷹」ハヤカワ文庫。

不朽の名作

ハードボイルド小説の不朽の名作とか。
ハードボイルドの金字塔とか銘打たれているダシール・ハメットの探偵小説「マルタの鷹」をやっと読み終えた。

やっと読み終えたというのは、私にとって「マルタの鷹」はあんまり面白い小説ではなかったからである。

だがこれは、私個人の趣味や読解力の問題であって、この小説が「不朽の名作」ではないなどとは思っていない。

私立探偵サム・スペードが好きな読者にとっては、「マルタの鷹」は面白い読物であるに違いない。

カッコつけ

はるか昔に、中途半端に読んだレイモンド・チャンドラーのことを、このブログでちょっと書いたことがあった。
それが、ダシール・ハメットを読むことになったきっかけである。

レイモンド・チャンドラーの名を出すなら、ダシール・ハメットも読んでおかなくては。
という「カッコつけ」から、有名な「マルタの鷹」を読み始めたという訳である。

読み始めたときは、「マルタの鷹」という謎の殺し屋の物語なのかと思ったり。
謎のスパイか、謎の怪盗の物語なのかなと思った。

ブリジット・オショーネシーが「マルタの鷹」の異名を持つ、謎の美女盗賊なのでは、と思ったり。
「マルタの鷹」と対決する私立探偵サム・スペードの、ミステリー物語なのかなと、ワクワクしたのだが。
内容はもっと現実的で、サム・スペードを含めて、一獲千金をねらう強欲な人たちの物語だった。

「マルタの鷹」とは

「マルタの鷹」とは、「頭から足の先まで、宝物箱の中から選びぬかれた最高の宝石類で飾り立てられた輝かしい金製の鷹の彫像(登場人物であるガットマンの談)」だった。

宝石をちりばめた金製の鷹という、派手でどぎつい財宝だったのだ。
この鷹の彫像は、16世紀の頃、マルタ島の騎士団がスペイン王カルロス一世に献上するために作ったものとされている。

ところが彫像は、スペイン王の元への輸送中に海賊によって奪われてしまう。
鷹の彫像は、海賊の手元に長い間置かれていた。
その後に、持ち去られたり盗まれたりしながら、長い年月をかけて多くの人の手を経ることになる。
最後の所有者は、財宝の真価を知らないロシア人の将軍だった。

将軍から「マルタの鷹」を盗み出したガットマンとその一味。
彼らは、財宝を己がものにしようと仲間割れをし、殺人まで犯してしまう。
その騒動に、私立探偵のサム・スペードが巻き込まれる。

スペードは、持ち前の「強欲」さから、自らも金を得ようと策略を練る。
鷹の彫像を巡って、登場人物たちが暗躍する。
「マルタの鷹」は、そういう欲に目が眩んだ人たちの物語である。

演劇

三人称視点で書かれた小説「マルタの鷹」は、登場人物たちの「会話」によってストーリーが展開していく。
登場人物たちの外見や顔の表情やしぐさが、各場面で詳細にわたって描かれている。
なので読者は、演劇を見るように、物語の各シーンをイメージできる。

「マルタの鷹」は、細密なト書きのある戯曲のようである。
映像化への指示書のようでもある。
なので読者の目は、作者の指示に従って、いつのまにか舞台を見る観客の目にすり替わる。

この小説で特徴的なのは、登場人物のデフォルメである。
この際立ったデフォルメが、舞台をイメージするのに効果を発している。

サム・スペードは、金髪の悪魔。
長い顎の先端が尖ったV字を作っていたり、口元のV、反り返った鼻孔が鼻の頭に作るV、濃い眉が左右に立ち上がるV字、髪もV。

鷹の彫像を手に入れようとやっきになっているキャスパー・ガットマンは異様に太った男。
体中の肉がだらりと垂れた太り方をしている。
頬、唇、顎、首、胴体は柔らかい巨大な卵。
腕と脚は、垂れ下がった大きな円錐形。

このふたりが極端にデフォルメされていてアメコミ的なのだが、ほかの登場人物も映像的な特徴づけがなされている。
こういう映像的な手法によって、読者の観客目線が「釘付け」される。

サム・スペードという男

ダシール・ハメットは序文で、サム・スペードのことを以下のように描いている。

彼は、いかなる状況も身をもってくぐりぬけ、犯罪者であろうと罪のない傍観者であろうと、はたまた依頼人であろうと、かかわりをもった相手に打ち勝つことのできるハードな策士であろうと望んでいる男なのである。
実際、サム・スペードは、物語でそのように行動している。
物語を読み進めていくと、スペードが自身の絞首刑についてヒステリックに主張する場面が出てくる。
真犯人を警察に突き出さなければ、自分が警察によって同僚を殺した犯人に仕立てられてしまうという内なる危機意識。
「いけにえ(真犯人)」を警察に突き出すことで、ガットマンの窃盗団グループに関わって大金を得ようとした自身の行動をもみ消そうとする策士ぶりだ。
自身を守るために、自分の論理を押し通すことで相手を支配してしまうタフな根性。
「マルタの鷹」は、そういうお芝居である。

別の視点

ここで読者は、観客(三人称視点)であることをやめて、私立探偵サム・スペードの視点で、この小説を読み進めてみたらどうだろう。
たしかにスペードは、金銭に対して欲深い男である。
女性に対しても、欲深いところがある。
その結果、窃盗団といっしょに、自身も鷹の彫像を手にし、大金を得ようと暗躍する。

最初にワンダリーと名乗っていたブリジット・オショーネシーから200ドルを探偵料として受け取り。
後に、オショーネシーを守ってやるからと100ドルを奪うように受け取り、彼女の若い肉体も頂戴する。
この肉体関係は、オショーネシーが画策したきらいもあるのだが。
ジョエル・カイロからは、鷹の彫像を探し出すための依頼料として5,000ドルを提案され、その手付金として200ドルをポケットにおさめる。
ボス的存在であるキャスパー・ガットマンからは、封筒に入った千ドル紙幣10枚を受け取る。

私の推察では、鷹の彫像をガットマンに渡したら、自身も殺されてしまうとスペードは予知したのではあるまいか。
前述した絞首刑の危惧は、スペードのポーズなのでは。
スペードが抱いている本当の危惧は、ガットマン一味によるスペード自身の暗殺である。
作者は、暗黙のうちにスペードに、そう確信させたのである。
拳銃の使い手のウィルマーに背後から撃たれたら、スペードはおしまいだ。

スペードの策略

ガットマンら一味が警察の手から逃れるには、ウィルマーを「いけにえ」として警察に突き出すしかないとガットマンに提言する。
ガットマンに何度も断られるが、スペードは執拗に説得を続ける。
そうしなければ、自分もガットマンらとともに絞首刑になるとうそぶく。
内心は、そうしなければウィルマーに拳銃で暗殺されると危惧している(私の推測)。

とうとうガットマンは納得して、スペードの意見に従うことにする。
こうしてスペードは、自身をガットマン一味のお仲間だと信じさせ、暗殺の危機を乗り切る。
ウィルマーは、いつの間にか逃げてしまうが、危機が去ってからスペードはガットマン一味を警察に引き渡す。
オショーネシーも、スペードの同僚であるマイルズの殺人犯として警察に引き渡す。
オショーネシーがマイルズを殺してなかったら、スペードはオショーネシーを逃がしていたかもしれない。
この私の推察は、作者が「かかわりをもった相手に打ち勝つことのできるハードな策士」とスペードについて述べたことに由来している。

と、ここまで拙い感想を書き進めていたら、ダシール・ハメットの「マルタの鷹」ってなんだか面白い読物に思えてきたから不思議なものだ。

三人の女性について

最後に、小説に登場する三人の女性について書いておこう。

ブリジット・オショーネシーは事件の象徴。
欲深い人々の手から手に渡っていく財宝「マルタの鷹」と対(つい)のイメージである。
オショーネシー自身も、自身の策略のため、美貌を武器に男たちの手を渡り歩いている。
「ファム・ファタール」的な女として、フロイド・サーズビーやマイルズ・アーチャーを滅ぼしている。

エフィ・ペリンはスペードを助ける嫉妬深い天使。
エフィ・ペリンの純粋さは、スペードの心の支えとなっているのかもしれない。
スペードは同時に、エフィ・ペリンのお人好しな人柄も容認している。

浮気相手のアイヴァ・アーチャーはスペードの日常の象徴。
事件に終止符を打ったところにアイヴァが現れ、アイヴァとともにスペードは日常に帰還する。