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泉鏡花の「雪霊記事」と「雪霊続記」の読後雑記

2022/09/24
「日本・怪談集」河出文庫

河出文庫の「奇妙な場所 怪談集(種村季弘編)」に、泉鏡花の「雪霊続記」という短篇が収められていたので読んでみた。

雪霊続記

短篇小説「雪霊続記」は、「機会がおのづから来ました」という書き出しで始まる。
その「機会」とは、主人公の男性が、お米(よね)さんという女性を訪ねる「機会」のことであるらしい。

主人公は、昔、お米さんに「病苦を救はれた」ことがあったという。
主人公とお米さんの関係については、これ以上のことは書かれていない。

故郷から東京へもどる列車の車中。
以前お世話になったお米さんが暮らしている福井県の武生(たけふ)に途中下車して、彼女に会いに行こうか行くまいか、主人公は思い悩む。

折よく列車は、大雪のために武生駅で立往生してしまった。
これを機会に、主人公はお米さんに会いに行こうと決心する。

町はずれの虎杖(いたどり)という里をめざして、男は、猛吹雪で先が見えない武生の町をさまよい歩く。

その結果、「奇怪」なことに遭遇する。
「機会がおのづから来ました」は、「奇怪がおのづから来ました」ということなのか。

猛吹雪の最中に、「怪し火」の青い光の「大雷」に襲われ。
深雪をラッセルする幻の「大犬」の後を追って、男は辿りついた中学校の校舎に避難する。

その中学校のなかで、七年前に雪中の冒険を敢行して凍死してしまった中学生たちと教師の霊を見ることになる。

これが、だいたいのあらすじなのだが、読んでいて判然としない。

お米さんとは、いったい何者なのか。
そして、主人公の男は何者なのか。
小説を読み進めても、正体がつかめない。

判然としているのは、中学校の講堂で、兵隊の格好をした幽霊たちが、テーブルの上に用意された握飯や赤飯や煮しめを食べたこと。
隊列を組んで校舎に現れ、隊列を組んで講堂から消えていったこと。

「雪霊記事」という短篇小説の存在

読後の気分がさっぱりとしないので、「雪霊続記」についてインターネットで調べていたら、泉鏡花には「雪霊記事」という短篇小説もあるという。

そこで、インターネットの「青空文庫」で「雪霊記事」を読んでみた。
すると、「雪霊記事」と「雪霊続記」は、微妙な関係にあるということがわかった。

「雪霊続記」は「雪霊記事」の続編であるような、ないような微妙な関係にある。
物語の内容が、交わるところもあれば、離れているところもある。

どうやら、ふたつの小説に登場する「雪難之碑」が分岐点になっているようである。

ややこしいのでこの後は、「雪霊記事」を「記事」とし、「雪霊続記」を「続記」と表記して話を進めよう。

「記事」では「雪難之碑」は、「荷担夫(にかつぎふ)、郵便配達の人たち、その昔は数多あまたの旅客も――これからさしかかって越えようとする峠路(とうげみち)で、しばしば命を殞(おと)したのでありますから、いずれその霊を祭ったのであろう」となっている。

一方、「続記」では、「雪中行軍に擬して、中の河内(かわち)を柳ヶ瀬へ抜けようとした冒険に、教授が二人、某(それ)の中学生が十五人、無慙(むざん)にも凍死をした」記念となっている。

雪霊記事

「記事」では、主人公の男性は関という名前で登場する。

旅の途中で体調を崩した関が、旅館の美しい娘であるお米さんに介抱されて、回復に至る。
それが「続記」でいう「病苦を救はれた」ということである。

関は、美しく優しいお米さんに、淡い恋心をいだいて旅館を後にする。

「記事」のストーリー構成は、過去と現在の時間経過が交錯していてややこしい。
ぼんやりと読んでいると、話の流れがつかめなくなってイライラする。

ここで筋を整理してみよう。
現在から、お米さんとの初めての出会いの頃まで、時系列を遡ってみる。

現在

猛吹雪の中を四苦八苦して、お米さんが暮らしている虎杖の里の近くの「鎮守の宮」まで来ている。
関は倒れて、身動きもできずに雪に埋もれている。

一昨年の皐月上旬

蔦屋(蔦竜館)を訪ね、お米さんの消息を旅館の番頭から得る。
お米さんの旦那であった知事は三年前に亡くなっているのを関は新聞で知っていた。

お米さんに会おうと旅館を出る。
「雪難之碑」のある「鎮守の宮」を越え、畷道(なわてみち)を少しばかり歩いて、一軒家の平屋を見つける。

初恋の相手、片思いの相手である懐かしいお米さんと再会。
通された茶の間で、品のいい年とった尼さんと七十ぐらいの老人に出会う。
その傲慢そうな老人は、関や彼の交友関係を、関本人がびっくりするぐらいよく知っているようだった。

関の交友関係に対する老人の批判的な弁舌を聞いて、彼はお米さんの家を出る。
途中まで、花菜の道をお米さんに送られる。
老尼はお米さんの守護神(まもりがみ)、老人は知事の怨霊ではないかという印象を、関は感じたのだった。

十六・七年前の夏ごろ

東京から故郷へ帰る途中、体調を崩した関は、当時蔦屋の娘だったお米さんの手当てを受けて「蘇返る(よみがえる)」
粗末な身なりの関を、初対面のお米さんは情けをもって宿に泊めてくれたのだった。

同じ年の冬のはじめに関は、その秋にお米さんが知事の妾(おもいもの)になったことを風説(うわさ)で知る。

ふたたび現在

現在お米さんは、武生の町へ勤めに出ている実兄と一緒に暮らしている。
「大雪の夜なぞは、街から道が絶えますと、ここに私一人きりで、五日も六日も暮らしますよ」というお米さんの言葉が関の耳に残っている。

こうして関は、すさまじい猛吹雪の日に訪問を敢行したのである。
お米さんと二人きりで会いたいという思いが、必死の行動をとらせたのである。

ふたつの物語

「雪霊記事」

「記事」は、お米さんとの出会いの事や、お米さんに対する関の思いを中心に描かれている。
関は、猛吹雪に襲われながらお米さんを思い浮かべる。

関に襲いかかる猛吹雪そのものが、魔物の変幻した「雪霊」ということなのかもしれない。

「この渦の湧立つ処は、その跡が穴になって、そこから雪の柱、雪の人、雪女、雪坊主、怪しい形がぼッと立ちます」という描写に「雪霊」が感じられる。

ちょっと怪異な存在として、老尼と老人が登場する。

大雪に呻吟している関の「魔が妨げる、天狗の業だーーあの尼さんか、怪しい隠士か」というセリフでこの「雪霊記事」は閉じられている。

関とお米さんの再開を妨げる「魔」としての尼さんと老人は、「雪霊」が「怨霊化」した姿であるとも受け取れる。
荒れ狂う猛吹雪は、亡くなった者が怨霊となってこの世にあらわれた姿であるという考え方。

天地を引っくり返すような猛吹雪に、霊的な存在を感じる雪国の人々も多いことだろう。
関の故郷も、武生に近い雪国である。

「雪霊続記」

作者は「記事」では、充分に「雪霊」を描き切ることができなかった。
なので後から、続編として「続記」を書かざるを得なかったのかもしれない。

ただ「続記」では「機会」がつけ加えられている。
大雪のために列車が武生駅に足止めになったことが、関をお米さんのもとへ出向かせる「機会」になった。

「雪霊」が「機会」をつくったとも感じられる描写である。

そして関は、「記事」にあるように、お米さんとの二人きりの再開のため、猛吹雪の訪問を敢行するのである。

やがて、「記事」にあるように雪で身動きできなくなった関は、「続記」に登場する「大犬」の後をついて行って、中学校に避難する。
そこで「雪霊」が「怨霊化」した姿を見るのである。

「続記」では「雪難之碑」に祭られている対象が、中学生の遭難者と限定されている。
この中学生たちの怨霊は「八甲田雪中行軍」の霊を彷彿させる。

泉鏡花が「雪の霊」として、暗に読者に示した姿なのかもしれない。

「続記」で気になる事

ここで気になるのは、雪をかき分けて進む「大犬」の行き先が、お米さんの住む虎杖の里とは逆方向であること。

結果的に関は、大犬に従ったおかげで、「雪霊」を目撃したものの、凍死を免れたのである。
もし関が虎杖の里を目指し続けていたら、きっと遭難死したことだろう。

これは私だけの感想かもしれないが、「大犬」も遭難死した中学生たちの幽霊も、無害である。
なんとなくあどけなくて、かわいい。

作者は、読者にそう感じさせることで、冬の「虎杖の里」を謎めいてものにしようとしたのではあるまいか。

老尼と老人(知事の怨霊)を従えているお米さんの正体はいかに。
「幻の大犬」と遭難死した中学生たちの幽霊は、雪国育ちの関の守護神だったのか。

「記事」で気になる事

もうひとつ、気になる事。
「記事」の三章の最後に、「この凄い吹雪の夜、不思議なことに出あいました、そのお話をするのであります」とあるが、その「そのお話」は「記事」には見当たらなかった。

「続記」での、大犬や幽霊たちと出あったことが「そのお話」であるなら、作者は「続記」を執筆する計画が最初からあったということになる。

あるいは、「雪霊記事」は、なにかの事情で、未完のまま世に出されてしまった。
そののち泉鏡花は、物語の欠けた部分を著わし、続編として「雪霊続記」を刊行した。

ただ、「雪霊続記」の始まりの部分(前編のあらすじ部分)に新しいイメージを上書きしてしまった。
そのため、「ふたつの物語の内容が、交わるところもあれば、離れているところもある」と前述したのである。

改めて読み直して

美しい女性に強くあこがれた男が、吹雪の中をさまよい、大雪に埋もれてしまったのが「雪霊記事」の物語だった。
「雪霊続記」は、雪に埋もれた男が、幻の「大犬」に導かれて中学校にたどり着き、「雪霊」という死の世界を目撃し、そこから「大犬」によって現実の世界に呼び戻され、再生する物語であると思われる。

これが「雪霊記事」と「雪霊続記」というふたつの物語について、私が抱いた感想である。


◆参考図書
泉鏡花著「雪霊続記」 河出文庫「奇妙な場所 怪談集(種村季弘編)」収録
泉鏡花著「雪霊記事」 えあ草紙(青空文庫)

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