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変化に富んでおもしろかった東岳ハイキング

2022/09/26

林道が終わって、森の中の快適な登山道。

30年ぶりに東岳に登った。

東岳は、青森市の東側に位置する山。
山頂の標高は683.9mで、南北に横長の山である。

スタート地点の駐車場の標高は、190m。
標高差約500mのハイキング。

東岳の横長の稜線の北側に、陸奥湾を見渡せる標高651.7mの展望所がある。
そこが30年前のゴールだった。

山頂である稜線の南側のピークまでは、5~6年前に刈り払い道がついたとのこと。
今日は、その山頂をめざした。
もしかしたら、山頂から滝沢山地の全景を眺めることができるかもしれない。

登山道付近が鉱山だった頃の遺物。コンプレッサー用のディーゼルエンジン。

青森市街から東に向かってクルマを走らせて、青森県総合運動公園「青い森アリーナ(マエダアリーナ)」の手前を右折。

右折地点に、「青森県動物愛護センター」の看板がある。
右折してすぐの角に「東岳自然遊歩道案内図」の看板がある。
そこを左折。

登山口の駐車場までの途中に、「宮田の大イチョウ」あり「山寺跡地」ありと名所が続く。
大きな溜池を過ぎて、右手の山道へ入る。

立派な案内標識はあるが、道は、標識に反してお粗末。
一車線ギリギリのダート。
対向車が来たらアウトだなあ、とドキドキもの。

両側から背の高い草や灌木が迫っていて、その草や枝で車体をこすりながら進む。
轍の深い所があって、車高の低いクルマや軽四輪での走行は、かなりの慎重さが要求される。

こんな悪路にも関わらず、駐車場は高級乗用車(私目線)で満杯状態だった。
30年前では見かけなかった光景だ。
クルマを傷つけても登りたい、という東岳ファンがいるのだね。

鉱山開発の遺構。トロッコのレール。


駐車場から歩き始めてしばらくは、林道のような広い砂利道を進む。

木陰がなく風もなく、暑い。

背の高い草や灌木や、木の切り株が散らばっている「高原?」のような場所を過ぎてから、本格的な登山道が始まった。

木陰はあれど風は無し。
暑い。

「木陰はあれど風は無し」状態が、稜線まで続いた。
大量の汗をかいた。

登山道の途中に、ロボットを思わせる金属物体が放置されていた。
金属物体からは金属パイプが、ツノ状に突き出ている。
そばに円筒の形をしたタンクのようなものもある。

全て一様に錆びている。
錆びているのに、外形はしっかりしている。

よっぽど厚い金属でできているのだ。
空冷エンジンのフィンのようなものがついているから、なにかのエンジンに違いない。


家にもどってから調べてみたら、水冷直列4気筒のディーゼルエンジンであるとのこと。
東岳の登山道付近は、大正3年頃から昭和30年代頃まで、石灰岩を採掘する鉱山であった。

このディーゼルエンジンは、鉱山で削岩機を使用するためのコンプレッサー用駆動エンジンではないかとされている。

ベンチのあるテラス状の休憩所から陸奥湾を眺める。

さらに進むと、トロッコ用と思われる鉄のレールが登山道を横切っていたり、レンガ造りの火薬庫跡があったり。
東岳登山道では、「石灰鉱山遺構」をあっちこっちで見物できる。
東岳は、「近代化遺産」ファンには宝の山かもしれない。

手掘り採掘の跡。

鉱山会社の火薬庫の遺構。

登山道は火薬庫跡の側を通って、チョロチョロ清水が流れている小沢に下りる。
小沢で顔を洗って、リフレッシュ。

小沢を過ぎてから東岳の南北の稜線までは急登続きだ。
おまけに道の傍らが急斜面になっている急登がけっこう多いので、疲れてフラフラ歩きになったら、足をとられて谷側へ滑落する危険が潜んでいる。

高齢者には要注意の登山道である。

無風の暑さにへたばりながら、休み休み登った。

火薬庫の内部。木製の屋根が崩落している。

火薬庫のそばにトリカブト。危ないペア。

急登が続く。

稜線が近い。

稜線上の分岐。右手は山頂への道。左手は、すぐそこの「東岳展望所」へ。

やっとたどり着いた稜線付近は、微風。
到着した稜線が分岐になっていて、山頂へは右折。
30年前にはなかった道である。
涼しい微風に励まされながら、山頂をめざす。

分岐から山頂までは標識が無い。
分岐までは「青森北東ロータリークラブ」ご提供の立派な登山標識が続いていたのに、分岐から山頂まではぷっつりと切れている。
ピンテ(ピンクテープのことね)がところどころの木の枝に巻き付けられているだけ。

いままでの山頂へは何メートルという登山道の標識の「山頂」は、「東岳展望所(旧山頂?)」を指している。
なので、初めての登山者は、分岐点の看板にある山頂はすぐそこだと思ってしまうに違いない。
ところが、分岐から本当の山頂までは遠い。
1kmぐらいある。

道がはっきりしているので迷うことはないが、なかなか山頂に着かないので、標識がないと初心者は不安に思うかもしれない。

しかし、本当の山頂を基準にすると、すべての標識の数字を変更しなければならない。
予算の関係で、手つかずになってしまっているのだろう。
ファミリー登山もありそうな山なので、改善してほしいところである。

さて、ゆるいアップダウンを歩き、分岐から山頂まで30分ぐらいかかった。
ブナの森の中を通ったり、背の高い蔓草(ホップかな?)の原っぱを通ったり、道は長いが退屈しない。

目の前が開けて山頂到着。
山頂までの所要時間は2時間半だった。

はじめての山頂にごあいさつ。
あたりは刈り払われていて山頂広場になっている。
山頂周囲は樹木が立ち並んでいて、展望は無し。

東岳山頂から滝沢の山々を眺めようと登って来たのだが期待外れだった。
山頂広場に木陰がないので、ブナの森にもどって小休止。

来た道を戻って「東岳展望所」で大休止した。
30年前にあった電波反射板が撤去されて、快適な広場になっていた。
展望所からは浅虫方面を眺めることができる。

東岳は意外とおもしろい。
単調な登りの山だと記憶していたが、大違い。
テラスあり、断崖風景あり、沢地あり、尾根の急登あり、稜線歩きあり、稜線に高原状の平地あり、展望広場ありと地形は変化に富んでいる。

そんな自然に「石灰鉱山遺構」が加わって、興味をそそる山になっている。
一時期、東岳周辺の集落の「経済」を支えた山だったのかもしれない。
鉱山での人力による労働が、貴重な収入源であったかもしれない。
過酷な労働での、数々の悲哀があったかもしれない。

明治22年(1889年)に、宮田村、馬屋尻村、矢田村、三本木村、滝沢村が合併し、東津軽郡東岳村が発足している。
昭和30年(1955年)に、東岳村は青森市に編入されて消滅。
ちょうど東岳の鉱山開発の時期に東岳村が誕生し、石灰鉱山閉山とともに、東岳村が消滅したことになる。
東岳村時代の東岳は、66年の間、様々な意味(生活文化とか地場産業とか)で村の象徴であったのだ。
いろいろと存在感のある山である。

登山道からはそれているが、石灰岩採掘の坑道もあるらしい。
見物したいところだが、やめておこう。
クマさんの住処になっているかもしれないから。

「東岳展望所」でいろいろと空想にふける。
ときおり吹いてくれる涼風が、疲れた体を癒してくれた。

なお、東岳の南西斜面は、現在も某会社の「滝沢鉱山」として、珪石の採掘がおこなわれている。
「生産能力は30万t/年」というから、削られてるなあ・・・・・
グーグルアースで見ると、採掘現場は山頂に迫りつつある。
大雨が降ったら、山頂が崩れるのではないかと思うほど。

「石灰鉱山遺構」が存在する一方、現在でも採掘による山の「変形」は継続している。

昔の鉱山開発によって「近代化」の象徴となった東岳が、現在の鉱山開発によって消滅してしまうのではないか。
そういう運命にある山なのか。
さらなる近代化のためのセメントの材料を産出しつつ、身を削られて、姿を消していくのか。
心配だ。

東岳の山頂広場。展望は無し。

今日の終点の「東岳展望所」。

山頂に迫っている鉱山開発。グーグルアースより。


■参考文献

青森県立郷土館研究紀要第39号「青森市東岳の石灰鉱山遺構」 島口天 著
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