雑談散歩

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大海に島もあらなくに海原のたゆたふ浪に立てる白雲

白い雲が湧き立つ夏の海のイラスト(コピペできる無料イラスト素材展)

海と言えば、私は瀬戸内の海しか見た事がない。

この度の行幸のお供で、初めて外海を見た。

旅に出るたびに、まだ海を見た事がない愛しい妻への土産にと、海の絵を描き続けているのだが、ここの海は、瀬戸内海とはまるで違う。
島がひとつもない。

妻は、海の中に浮かんでいる島にあこがれている。
私が描く下手な島の絵でも、たいそう喜んでくれた。
島の崖の棚に添えた稚拙な木の絵を見て、「こは松ありぬべし、いと良きかな」といたく感動してくれたものだった。
妻にとって島は、おとぎの世界なのだ。
美しい島の夢をよく見ると言っていた。

私は、海には島がつきものだと思っていた。
妻にもそう語っていたのだ。
島があるから水だらけの世界でも、人は生きていけるのだと。

ああ、この茫漠とした蒼い水だらけの風景は恐ろしい。
なによりも、島がひとつもない海の景色をどう描けばよいのだろう。
揺れ動く波は、拙い画力では、とうてい描けるものではない。

海と空だけを青く塗っても、何がなんだかわからない。
そんな絵を、妻は怖がるに違いないのだ。

そうだ。
沖の方に、白く盛り上がる入道雲を立てよう。
妻は、香久山の背後に、もくもくとそびえ立つ白い雲の様子が面白いと言っていたから、海の雲にも興味を持ってくれることだろう。

大海に島もあらなくに海原のたゆたふ浪に立てる白雲

おほうみに しまもあらなくに うなばらの たゆたふなみに たてるしらくも


作者不詳(万葉集・巻七・千八十九) 
左注:「伊勢に駕(が)に従える作」

■参考文献
斎藤茂吉著「万葉秀歌(上)」 岩波新書

この文章は歌の意味や解釈を記したものではありません。ブログ管理人が、この歌から感じた、極めて個人的なイメージを書いただけのものです。
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