雑談散歩

    山スキーやハイキング、読書や江戸俳諧、山野草や散歩、その他雑多なことなど。

人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける

紀貫之(菊池陽彩の絵)。出典はWikipedia。

ニコラス・ケイジ主演のアメリカ映画「PIG/ピッグ」をテレビで観た。

ニコラス・ケイジと言えば、アクション俳優としてのイメージが濃いが、本作にアクションシーンは無い。
強いてあげれば、「愛豚」を盗まれたときに気絶させられたシーンと、地下闘技場(ファイトクラブ?)で、自らすすんで一方的に殴られるというシーンのふたつだけだ。

突然、強盗に殴られて「愛豚」を失い、地下闘技場でしこたま殴られて「愛豚」探しの本気度(命がけ度)を示す。
この映画のテーマは、バイオレンスではなくて、「失う」であるらしい。

ニコラス・ケイジふんする主人公のロブは、かつてポートランドで有名なオーナーシェフだった。
それが、病で愛妻を失くしてからは、オレゴンの山の中に隠棲し、「愛豚」を相棒にして、トリュフハンターとして余生を送っている。
料理への情熱を失い、今は「愛豚」までも失いかけている。

ロブが、強奪された「愛豚」を必死で探すのは、トリュフハンター生活のためでは無かった。
ロブは、豚に頼らなくても、木を見てトリュフを採取することができる。
豚は、彼にとって唯一の信頼できる友人だった。

ロブは「愛豚」探しの手がかりを得るためにポートランドに赴き、地元で有名なレストランに立ち寄る。
そのレストランのシェフは、パスタ料理が下手だという理由で、かつてロブがクビにした男だった。

ロブは、シェフ(デレク)を自分のテーブルに呼んで、語りかける。
クビにされたとき、デレクは英国パブをやりたいとロブに告白していた。

ロブは、レストランで再会したデレクに、神妙な面持ちで語りかける。

「批評家も客も本物じゃない。この料理が本物じゃないからだ。君もな。なぜ周りを気にする?誰一人、君に関心はない。君が本気で勝負してないからだ。毎朝起きると、自分が消えかけている。周りのために生きているが、向こうは知らん顔だ。自分を見失っている。本気になれることは、そうないぞ」

このシーンが、この物語の「要」だと当ブログ管理人は思った。

そう思ったとき、日本の古い歌が頭をよぎった。

人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける

紀貫之のこの歌は、古今和歌集に収められていて、小倉百人一首の歌としても有名である。

人の心(関心)なんてわからないし、知ろうとも思わない。
自分がどう評価されているかなんて気にしていない。
私が若かった懐かしい時には、希望の花の香りが漂っていたっけ。
その花の香りは、春ごとに生まれ変わり、今も感じることができる。

当ブログ管理人は、この歌にこんなイメージを感じている。

「ふるさと」も「昔の香」も、もう過ぎ去ったものである。
過ぎ去ったものではあるが、花を失ってはいない。
季節はめぐって来る。
他人の関心を知ろうとしないのは、めぐって来る季節を失いたくないからだ。

デレクにとって英国パブは「ふるさと」であり、失った希望の香りなのだ。
周りを気にしていると、今の自分も失ってしまうぞ。
そうロブは、成功者を自認している後輩を諭しているのである。

ロブが、いちばん料理人としての存在感を放っているシーンだと感じた。
後半で、ロブが料理を作っているシーンもあったが、いちばん印象的だったのは、ロブがデレクに「失うこと」について語るシーンだった。

紀貫之の歌が思い浮かんだのは、この和歌から感じた「失う」と「再生」のメッセージのせいだろう。

Next Post Previous Post

広告