暁と夜烏鳴けどこの山上の木末の上はいまだ静けし
カラス。 |
夜明けに襲撃があるやもしれぬと物見衆が話していたが、辺りは、まだしんとしたままだ。
疲れはてて眠ってしまった者、不安そうに小声で語り合う者、剣の柄に手をかけて用心する者。
そんな兵士たちが、背の高い葦原に身を隠して、じっとしている。
黒々とした山裾の、小高い森には、弓矢を手にした追っ手の兵士が潜んでいるに違いない。
葦原を揺らす風に、まだ血の匂いはしない。
東の空が白めば、この野原は血なまぐさい戦場になるのだ。
矢が鋭い音をたてて飛び交い、剣が激しく空を切る。
怒号と悲鳴。
葦の葉は、おびただしい血に濡れることだろう。
葦原の石塊を枕に横たわると、葦の葉先に黒い空が広がっている。
春の日に、妻とこんな葦原にこもって、草の芽を摘んだこともあった。
今日こそは死ぬかもしれぬと思っている吾のことを知らずに、妻は吾の帰りを待ち侘びていることだろう。
どこかで「グワッグワッ」っと夜烏の鳴く声がした。
山の端がかすかに白み、物見衆が敵の襲撃を告げているのだ。
兵士たちの身を起こす動きで、葦原がザワザワと揺れている。
森に潜んでいる者たちが走り出せば、木々の梢で眠っている鳥が一斉に飛び立つはず。
だが森は静まりかえって、その気配はない。
暁と夜烏鳴けどこの山上の木末の上はいまだ静けし
あかときと よがらすなけど このをかの こぬれのうへは いまだしづけし
作者不詳(万葉集・巻七・千二百六十三)
万葉集の題:「時に臨める」
■参考文献
斎藤茂吉著「万葉秀歌(上)」 岩波新書
この文章は歌の意味や解釈を記したものではありません。ブログ管理人が、この歌から感じた、極めて個人的なイメージを書いただけのものです。
■参考文献
斎藤茂吉著「万葉秀歌(上)」 岩波新書
この文章は歌の意味や解釈を記したものではありません。ブログ管理人が、この歌から感じた、極めて個人的なイメージを書いただけのものです。