山の際に渡る秋沙の行きて居むその河の瀬に波立つなゆめ
アイサガモのイラスト。「鳥イラスト素材集」より。 |
吾の愛しいアキサが、別天地を求めて村を飛び出して行った。
吾に一言もなく。やんちゃで向こうっ気が強くて気難しいアキサは、一つところにはなじめない。
ここへやって来た時がそうであったように、ふいにどこかへ飛び去った。
やんちゃで向こうっ気が強くて、気難しいアキサだったが、孤独には耐えられない。
信じられないことだが、彼女は人が恋しいのだ。
そのことは、彼女を愛した者でなければ分からない。
彼女の本当の姿を知らない村人は、どこかの山奥でひっそりと暮らすつもりだろうと噂している。
集落から面倒な奴が消えて、ほっと安堵しているようだ。
アキサは、ここが気に入っているように見えたのだが。
自由を求める羽が、彼女を一カ所には留め置かない。
飛び去っていく空こそが、彼女の身の置き場なのかもしれない。
山間の谷に沿って、いくつかの集落が煙を登らせている。
尾根を越えれば別の谷があり、点在する集落の人々が山の際で生きている。
それぞれの集落は川の瀬の近くにあって、魚を獲って暮らしている。
場から場へ、瀬から瀬へ、川から川へ飛びまわるのが彼女の性分なのだ。
アキサは、魚が飛び跳ねる瀬を見つけることに目敏い。
川底に潜って、魚を獲るのも得意である。
独りでも生きていける強さを持っているが、人を求める気持ちも強い。
どこかの瀬の集落に飛び降りて、羽を休めて、居つこうとしているのか。
今度こそは波風を立てずに、つとめて心を穏やかにして過ごしてほしいものだ。
その瀬の村人が、おおらかな人たちであるようにと願うばかりだ。
山の際に渡る秋沙の行きて居むその河の瀬に波立つなゆめ
やまのまに わたるあきさの ゆきてゐむ そのかわのせに なみたつなゆめ
作者不詳(万葉集・巻七・千百二十二)
鳥を詠める。
「秋沙(あきさ)」は、鴨の一種で、アイサガモ、コガモなどと呼ばれている。
■参考文献
斎藤茂吉著「万葉秀歌(上)」 岩波新書
■参考文献
斎藤茂吉著「万葉秀歌(上)」 岩波新書
この文章は歌の意味や解釈を記したものではありません。ブログ管理人が、この歌から感じた、極めて個人的なイメージを書いただけのものです。