しなが鳥猪名野を来れば有間山夕霧立ちぬ宿は無くして
摂津名所図会・有馬温泉(国立国会図書館デジタルコレクションより)。 |
しなが鳥が川面に居並ぶ猪名川を越えた。
この道が有馬道と呼ばれている街道であるのかどうかは定かではない。
難波から有馬の湯里へ向かうには、幾筋かあるなかで、この道が良いと旅人に教えられた。
この道を進めば、猪名川に群れなすしなが鳥に出会うことが出来、猪名野の笹原が見物できると。
風流を好む旅人に道を教えてもらって幸いだった。
笹の葉が風に揺れて、さらさらと音をたてているのが心地よい。
亡くなった妻は、有馬温泉で湯治をしたいと言っていたのだが。
弱っていたので、道中が危ぶまれた。
猪名野のこの素晴らしい風景を妻に見せたかった。
どんなに喜んだことだろう。
笹原の道の奥に、遠く山々が見える。
あれが、有馬の山並みなのだろう。
山にはもう夕霧が立ち始めている。
夕方には温泉の宿に着くつもりだったが、道中見物に興じ過ぎて、すっかり遅くなってしまった。
生瀬というところを過ぎれば有馬までは山道だと聞いた。
暗くなってきたので、このあたりで宿をとりたいところだが、まだ広大な草原が続いている。
一晩泊めてくれそうな家もない。
暗くなるまで遊び過ぎた童子みたいで、なんとも心細いことだ。
しなが鳥猪名野を来れば有間山夕霧立ちぬ宿は無くして
しながどり ゐなぬをくれば ありまやま ゆふぎりたちぬ やどはなくして
作者不詳(万葉集・巻七・千百四十)
摂津にて作れる歌。
しなが鳥は鳰鳥(におどり・カイツブリ)
■参考文献
斎藤茂吉著「万葉秀歌(上)」 岩波新書
斎藤茂吉著「万葉秀歌(上)」 岩波新書
この文章は歌の意味や解釈を記したものではありません。ブログ管理人が、この歌から感じた、極めて個人的なイメージを書いただけのものです。