雑談散歩

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宇治川を船渡せをと喚ばへども聞こえざるらし楫の音もせず

岩波新書の「宇治川を」のページ。

夕暮れ近くに、宇治川の渡し場に着いた。
霧で覆われ始めた川面に、時折風が吹くと、対岸がうっすらと見える。
渡し船は、向こう岸の桟橋に繋がれたままで、渡し守の他に人影は見えない。
こちら側の客も吾一人だけだ。

黄昏の河原に、網代を打つ波の音が寂しい。

これでは商売にならないと渡し守がふてくされているのか。
「船わたせをー」と叫んでも聞こえぬふりをしている。

なんという利己的な男だ。
己の勤めをはたせよ。

腹立たしさがこみあげてきた。
大きな声で般若心経を唱えたら、ちょっと心が落ち着いた。

京の者は、東訛りをひどく嫌うと聞いている。
二月前に下総を出、方々を行脚して、ようやく宇治川のほとりまでたどり着いた。
長旅に声は荒れ、袈裟も小袖もぼろぼろだ。

京の者は、旅僧への慈悲の心を持っておらぬのか。
東国の男を、野蛮な者と決めつけているのか。

辺りは薄暗くなって、霧も濃いものになってきた。
もはや、向こう岸の様子を窺うことはできない。

明日は都を抜けて斑鳩の里を目指すつもりだった。
斑鳩の寺を詣でるのが、旅の目的である。
太子様に祈って、新たな霊験を得ようとここまでやって来たのだ。

なんとしても宇治川を越えねばならない。
吾は何度も対岸に向かって叫んだ。
こころない船頭に哀願した。

「船わたせー、渡してくれよー、お願いじゃ」

声はむなしく霧の闇へ吸い込まれるばかりで、こちらへ船を寄せる櫓の音も聞こえない。

宇治川を船渡せをと喚ばへども聞こえざるらし楫の音もせず

うぢかはを ふねわたせをと よばへども きこえざるらし かぢのともせず


作者不詳(万葉集・巻七・千百三十八) 
山背(やましろ)にて作れる歌

■参考文献
斎藤茂吉著「万葉秀歌(上)」 岩波新書

この文章は歌の意味や解釈を記したものではありません。ブログ管理人が、この歌から感じた、極めて個人的なイメージを書いただけのものです。

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