藤沢周平「虹の空」は逆転のハッピーエンド?
藤沢周平の短篇小説「虹の空」は、継母と血のつながっていない息子の人情話である。
江戸町民の素朴な暮らしの中に、温かな情愛が描かれていて、読む者の心が和む物語となっている。
継母と継子の関わりに加えて、職人の師弟関係や、商家の女将の思いやり、恋人の女性の強さなども描かれていて、短篇ながら厚みのある内容となっている。
なかでも、自分が虐待されていたという記憶ばかりが鮮明だった主人公が、獰猛な犬から身を挺して自分を守ってくれた継母の姿を思い出すくだりは、読んでいて胸に響くものがあった。
読者にそういう体験が無くても、主人公に強い共感を覚えてしまう。
藤沢周平の文章力がもたらす臨場感に引き込まれるからであろう。
親子が犬に襲われるシーンではじめて「何々のはずが、実は何々だった」という逆転が顕わになる。
この逆転が伏線となって、後の展開で、さらなる逆転を生むのである。
良い親方に恵まれて、職人として一人前になった主人公は、恋人と所帯を持つのを機に、12年も交流を持たなかった継母を探し当てて、尋ねる。
年老いた継母は、住み込みで働いている商家の女将さんが良くしてくれるので、自分は今の生活に満足していると息子に告げる。
今になって、継母の温かい人柄や、独り暮らしの孤独感を感じ取って、主人公は、継母を引き取ろうという気持ちを強く持つようになる。
しかし、恋人は反対だった。
継母の消息を訪ねるべきだと助言してくれた恋人だったのに。
これには読者も驚くことだろう。
なんだ、意外と冷たい女なんだな、と思うに違いない。
そのことで主人公と恋人は口論になるが、互いに想い合っているので関係が壊れることはない。
主人公は仕事に励み、祝言の日取りについても思案する日々を過ごしていたある日、継母が世話になっている商家が火事で焼けていると知らされる。
急いで火事の現場に駆け付けた主人公は、驚きに目をみはる。
果たしてどんな事態が、この男を待ち受けていたのか。
この段になって、先ほどの「逆転」の伏線が、見事に回収されるのであった。
実は・・・・・何?ハッピーエンド?
と、そこまで書いたら、読者の楽しみを奪うことになるので、今日はこの辺で。
一言付け加えるなら、泣ける小説だね。
ティッシュのご用意を。
藤沢周平の人情味あふれる短篇を味わいたい方には、ぜひおすすめしたい一篇である。