2015/06/03

負けた感覚を身につけよう

「負けた感覚を身につけよう」。
これは、超有名女性ブロガーの書籍のパロディではありません。
今年64歳になる私が会得した、真実の思想です。

だいたい、あの本は、今年(2015年)2月の出版。
この私は、「負けた感覚を身につけよう」という思想の実践を、20年ほど前から行っている。
アイデアとしては、私のほうが、ずっと早い。

率直に言って、私はパロディがキライです。
揶揄や風刺や模倣などを使って、人のふんどしで相撲をとるような真似はキライです。

「負けた感覚」とは何か。
「消費社会の値引きは、これからどうなるか」とか、「いま、何がいくらで値切れるのか」などがわかるアンテナやセンサーのこと、ではないのです。

例えば詐欺師にだまされているのではないかという予感を覚えつつ、まんまとだまされてしまう被害者。
その、だまされる直前に覚える、ザワザワとした予感のこと。

あるいは、自身や自社にとって、結果的に不利な契約の、ハンコをつく直前の、なんかヤバイんじゃないかなぁというあの感覚。

あるいは、カッターで指を切る直前の、指を切りそうという微かな刺激を伴った予感。

あるいは、自転車に乗っていて、前輪のタイヤが溝にはまってしまって、転倒する直前の、ああ転びそうという感覚。

階段を踏み外す前の、すでに落下している感覚。

そういう、損失を負わされたり、結果的に負債を抱え込んだり、身体に傷を負ったりする直前の、予感だか直感だかのこと。
いわば、一瞬前のデジャヴ。
だが、デジャヴと思うのは実は錯覚。
自身の過去の体験がもとになっている感覚なのだ。
それが「マーケット感覚」・・・いや、「負けた感覚」。

では、それを「身につけよう」とはどういうことか。
もちろん、着たり履いたりして「身につけよう」ということではない。
知識や技術として会得して「身につけよう」ということでもない。

あなたがピンチに陥ったとき、その直前に体験した感覚(予感とか直感とか擬似既視感とか=負けた感覚)は、その後すぐに忘れ去られる。
その後の衝撃の大きさに、微細な感覚は消えてなくなる。
きれいさっぱり消失してしまう。

誰もが体験する「負けた感覚」なのだが、あまりにも微細すぎる。
それは、一瞬の薄明光線。
刹那の「天使の梯子」。

その微細な感覚を、脳裏に刻んで、身に染み込ませて、確保する。
いつでも鋭敏に反応できる感覚を、「保持」すること。
先行の経験を蓄えて、心(脳裏)に保存する。
そうすれば、目の前の問題を、過去の経験に比して「再認」できる。
そういう意味での「身につけよう」である。

「負けた感覚を身につけよう。」
このことで、漠然とした予感が、確信に生まれ変わる。
判断を下す時の、大きな拠り所となるに違いない。

「負けた感覚を身につけよう。」
もう、あなたは騙されない。
なけなしの財産を失うことはない。

仕事で損失を負うこともない。
怪我も避けられる。

勝者にはなれないかもしれないが、被害者になることを極力避けられる。
だから、「負けた感覚を身につけよう。」

そんじゃーね!

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