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2015/11/21

六月や峰に雲置く嵐山

松尾芭蕉は、元禄7年の初冬に51歳で亡くなった。
その年の夏に次の句を作っている。

六月や峰に雲置く嵐山
松尾芭蕉

この句の前書きに「嵯峨」とある。
京都の門人、向井去来(むかいきょらい)が営む落柿舎(らくししゃ)での作とされている。

この年の秋に、「菊の節句」の奈良を訪れた際に菊の香や奈良には古き仏たちと詠んだ。
この時に発病し、その約一月後に、芭蕉は不帰の人となる。

このふたつの句を読み比べていると、なにやらこのふたつの句には関連性があるように思えてくる。
それは京都と奈良という、いにしえの都、平安京や平城京があったという歴史のせいであるかもしれない。
  • 六月や峰に雲置く嵐山
  • 菊の香や奈良には古き仏たち
「六月や峰に・・・・」以前に作られたもので「五月雨の空吹き落せ大井川」という句がある。
ふたつの句の、一方にあるものに対するものが、他方にもあるという意味で、「五月雨の空・・・・」の句は「六月や峰に・・・・」の句と対応している。
  • 五月雨の空吹き落せ大井川
  • 六月や峰に雲置く嵐山
「五月雨の」と「六月や」→季節(季語)。
「空」と「雲」→天。
「大井川」と「嵐山(地域)」→地。

もし芭蕉が、本当に後の句(六月や)を先の句(五月雨の)に対応させようとしたのなら、先の句の「季節(季語)+天+地」というテンプレートに沿って後の句を作ったことになる。

さて、「六月や・・・」の句は京都の名勝地「嵐山」の、夏の景観を詠ったもの。
「嵐山」は桂川右岸の地名であるとともに、その地域にある嵐山という標高381.5メートルの山の名前でもある。
その山の緑の峰に白い雲がそびえている。
背後には青い空。
嵐山に夏の陽光が輝いている様子が、目に見えるようである。

京都ではそんな句を残した。
それでは、奈良ではどうだろう。
菊の節句の奈良で句を考えていたとき、京都嵯峨で詠んだ句が脳裏をよぎったのではあるまいか。
と同時に、「季節(季語)+天+地」というテンプレートも。

夏の京都では、嵐山の景観が良かった。
そしてこの奈良には、天平時代からの古い仏像がたくさんある。
折しも、菊の香が漂う時期。

「奈良には古き仏たち」の「には」は、比較の格助詞「に」に係助詞「は」の付いたもの。
そうだとすると京都と奈良を比較しているようにもとれる。

「京都には景勝地の嵐山があり、奈良には古い仏像がたくさんある」というような。
一方には現在の素晴らしい空間があり、他方には歴史を感じるものがあるという形で、「六月や・・」の句と「菊の香や・・・」の句が対応していると空想できる。
「季節(季語)+天+地」というテンプレートを「菊の香や・・・」では、「季節(季語)+地+歴史」に置き換えている。
「天」も「歴史」も、現時点からは遠く眺める対象であるという意味合いでは同義に近い。

「六月や・・」の句と「菊の香や・・・」の句は、京都と奈良の特色を讃えているという点で対応している。
また、それぞれの句に「その土地を象徴するような季節感」と「天空(歴史)」と「地名」が共通の要素としてあるという点で、ふたつの句はマッチしている。
芭蕉は、亡くなる直前に、自身と因縁の深い京都と奈良の「土地礼賛」の句を作ったのである。
ふたつの句を読んで、私はそう感じた。

なんという「屁理屈」と、お思いの方もいらっしゃることでしょう。
でも、このように芭蕉の句を考えることが、私の芭蕉を読む楽しみなのである。

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