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2016/07/19

紫陽花や薮を小庭の別座舗

「別座舗(べつざしき)」とは「離れ」のことか。
同じ敷地内の、母屋から離れた場所に建っていて、母屋とは別棟の座敷のことと受け取れる。
その座敷は、敷地のはずれに建っていたのだろうか。
屋敷の端の草薮を、芭蕉は庭のように感じたのかもしれない。

紫陽花(あじさい)や薮を小庭(こにわ)の別座舗(べつざしき)

元禄7年5月、芭蕉51歳の作。
帰郷のために江戸を発つ芭蕉。
その芭蕉送別の「歌仙」が江戸の子珊(しさん)亭で催された。
子珊は、江戸蕉門の門人で、この句がおさまっている「別座舗」を編集した人物。

句を読むと、芭蕉は「紫陽花」よりも「別座舗」に愛着を感じているように私には思われる。
この座敷で、江戸を離れる送別会が催されるという感慨のせいか。
「別座舗」の佇まいが、これまでの江戸の暮らしを思い起こさせたのか。

年老いて体調が不良がちな芭蕉にとって、旅立つことへの不安やためらいが無かったとは考え難い。
旅に出る度に、これが生涯最後の旅になるのではという思いはあったことだろう。
その思いは、歳を経るほどに強いものになっていったのではあるまいか。
送別の場にあって、芭蕉の心は旅の空だったのかもしれない。
そうして、旅の空であったればこそ、いま座している「別座舗」に対して郷愁に似た感情を抱いたのではと私は感じている。
それは江戸の生活に対する郷愁ではなかったろうか。
実際、芭蕉の旅は、これが最後となった。
この年の秋に、芭蕉は大坂(大阪)にて病没。

芭蕉の送別の句会は、子珊の家の別屋で行われたとされている。
だが芭蕉は、この別屋を「別座舗」と呼んで句を作ったのだろうか。
芭蕉は、別屋の座敷に座って、もうひとつの「別座舗」を見ていたのではないだろうか。

この句に芭蕉が幻想性をもたせたとすれば、「別座舗」とは「紫陽花」のことであるかもしれない。
送別会の座敷に座って、心は旅の空の芭蕉と、旅立ちに躊躇しているもうひとりの芭蕉がいる。
ひとりは別屋の座敷に座り、もうひとりは、「紫陽花」の「別座舗」に座っている。
「紫陽花」は草薮を小庭のように従えて、淡い光を放っている。
その佇まいを、芭蕉は、もうひとりの自分が座っている「別座舗」と感じたのではなかろうか。
そして、その「別座舗」に、自身の江戸生活の郷愁を注いだのだ。

紫陽花や薮を小庭の別座舗

これは、幻想びいきの私が、この句に抱いた勝手な妄想に過ぎないのだが・・・・。

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