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2016/11/03

トムクルーズ

 老人がリードを引っ張って、犬と一緒に自動車道路を横切ろうとしている。白い大きな犬は首を引っ張られながらも、前足を突っ張って、老人のする通りにはならない。首を振り振り、嫌々をして進もうとしない。杖をつきながら、散歩をしていた通りすがりの老人がそれを見て「あっちへ行かないって言ってるんじゃないの。」と注意口調。リードを引く手を緩めながら、「そんなことは、わかってるさ。」と犬連れの老人が言い返す。「雨が降りそうだから、引き返さなくっちゃいけないんだよ。」「黒い雲がきて、もうすぐ土砂降りになるってことぐらい、空を見たらわかるだろう。」

 杖の老人は、そんなことにはお構い無し。「立派な犬だねえ、なんという犬ですか?ゴールなんとかっていう犬ですか?」と犬を見回している。「トムクルーズって言うんだよ。」犬連れの老人がイライラぎみで答える。「へえ、トムクルーズかね、あまり聞かない犬だねえ。」「でも、そんなに引っ張っちゃ、犬がかわいそうですよ。」老人は、杖で歩道のブロックをトントンしながら、またもや注意口調。
 
 「雨が降るってときに、どうしようとオレの勝手だろう!オレの犬なんだから。」またリードを引きながら老人が、今度は強い調子で怒鳴った。「おお、こわい。」と杖の老人が後ずさり。犬連れの老人は空を見上げたり、犬を睨めたり。イライラはつのるばかり。車道へ出て、「トム!」と叫んで、腕に満身の力をこめて犬の首を引く。犬はよろよろと四歩ほど進んで、車道にパタリと倒れ込んだ。今度は横になったまま動こうとしない。「おっ、転んだ、怪我でもしたんじゃないかい。」杖の老人が車道に下りて近づく。「うるさい!トムにかまうんじゃない!」老人が怒鳴る。通行中のクルマが止まる。トムは知らん顔で、尖った鼻筋をつんとさせて、横目で空を見ている。

 そこへ雷鳴。通行止めになったクルマが数台。そのうちの最後尾のクルマがクラクションを鳴らす。杖の老人は腰を曲げてオロオロ。「立て!トム、立つんだよトムクルーズ!」リードで車道を叩きながら老人は半狂乱。そこへ、バラバラと音をたてて土砂降りの雨。轟く雷鳴。クルマは渋滞。10数台並んだクルマのクラクション。走り出して、帰宅を急ぐ中学生。杖で頭を覆うようにしてヨロヨロと去っていく老人。対向車線のクルマの飛沫が老人とトムにかかる。あたりは夜のように暗くなり、クルマのライトに、ずぶ濡れになった老人と犬の姿が浮かび上がる。老人は無理やり車道を横切ろうとする。トムクルーズはズルズルと引きずられながら、ひっくり返った亀みたいに手足をパタパタ。

 と、対向車線の向こうの駐車場で、クルマの下から野良猫の黒い影が飛び出す。それを目ざとく見つけたトムクルーズが、ガバッと飛び起きて、老人の手を振り切り、野良猫を追いかける。胸を張った独特の走りっぷり。ハンドルを切り損ねた対向車線のクルマが渋滞のクルマの列に突っ込む。後続車がそれに追突。回転するクルマ。宙返りするクルマ。火を噴くクルマ。その間隙をぬって、トムクルーズが黒い影を追いかける。すばらしい猛ダッシュ。胸を張った独特の走りっぷりで。老人は、騒然とした路上で、ずぶ濡れのまま立ち尽くす。「トムクルーズ!戻ってこい!」と老人が叫ぶ。「てめえがどけよ!」とクルマの運ちゃんが叫ぶ。車道からは大量の雨水が側溝へと吸い込まれ。救急車の音、パトカーのサイレン。さながらニューヨーク。老人は、よろけるように歩道へ上る。老人が辺りを見回しても、もうトムクルーズの姿は、どこにも見えない。

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