2018/01/03

あきのたのかりおのいおのとまをあらみわがころもではつゆにぬれつつ

長く降り続いた雪の晴れ間に、山から町へ下りて来た子連れの樵。
子どもと一緒に年の瀬市を見物している間に、斧を研いでもらおうと、男は鍛冶屋を探した。
鍛冶屋の小屋は、板壁や板戸に鉄の錆が染み込んでいて、赤茶けているからすぐに分かる。
戸口の雪も赤茶色で、町のどの家よりも荒れた感じがした。

まあ鍛冶屋なんて、こんなものだろう。
樵の男はそう思いながら小屋に入った。
暗がりに鉄錆の匂いが鼻を突いた。
子どもは「うへっ」と顔をしかめた。

樵は、目が暗さに慣れるまで戸口で立ち止まった。
小屋の奥に目を凝らすと、大男の鍛冶屋が汗だくになって鉄を鍛えている。
筋肉で盛り上がった肩の上で、白い湯気が揺れている。

鍛冶屋は、変わった形の鋤を大鎚で叩いていた。
鍛冶屋が手を休めたときに、樵が話しかけた。
「変わった鋤だな。」と樵。
「これが鋤に見えるか、阿呆!」
「船の櫓だよ。」と吐き捨てるように鍛冶屋が言った。
「へえ、鉄の櫓なんて珍しいや。こんなもの何に使うんだい。」と嘲笑いながら樵が毒づく。
「船を漕ぐに決まってるだろ!」
鍛冶屋は樵を睨みつけた。

「何しに来たんだい。」鍛冶屋が樵の斧に目をやりながら言った。
「こいつを研いでもらいたくってよ。」
樵は鍛冶屋の足元に斧を放り投げた。
斧の刃が、鍛冶屋のくるぶし近くの土間にグサリと突き刺さる。
「けっ、今忙しいんだよ!」鍛冶屋は平然と鉄を打ち続けている。

「きゃはははは!」
暗い土間の隅で鍛冶屋の女房が笑った。
女は鉄の鍋で何かを煮ている。
煮だっている汁が鍋の外へあふれていた。

「変な匂いだな、おまえは何を煮てるんだい?」
樵が女の方へ近づいた時、「おい、十日はかかるぜ!」と鍛冶屋が叫んだ。
「なに、十日もかい!年が明けちまうだろ!」樵が振り返って鍛冶屋を見た。
真正面に、目と目が合った。
今にも火花が散りそうだった。

「仮斧を貸してやらあ!」
今度は、鍛冶屋が樵の足元に斧を放り投げた。
「うひゃー」と飛び退く小童。

柄を回転させながら向かってくる仮斧。
その柄が、土間の石塊に当って弾ける。
柄の折れる音とともに、錆びた鉄粉の混じった埃が舞い上がった。
ぼろ雑巾のような袖で鍋を覆いながら、咳き込む女房。

「空きの他の仮斧があるはずだ、もっといい斧が。」
樵は、砥石を並べて置いてある奥の砥間を荒々しく見ながら言った。
「いい斧が要るんだよ!い斧を貸せよ!」
怒鳴った勢いで言葉が詰まった。
空きの他の仮斧い斧砥間を荒見。

鍛冶屋の様子をじっと横目で見ていた小童。
その小童が大男の目を盗んで櫓を奪い持った。
我が子櫓持ては、親父が「でかした!」と叫ぶ。

「けっ、いまいましい小童め!」
鍛冶屋が、懐に忍ばせていた短筒を握り、炉の炭火で火縄に火をつけた。
その短筒をゆっくりと子どもに向ける。

「ええい、畜生め!」
樵が叫んで女に駆け寄る。
びっくりして、尻もちをつく女。
その女から鉄鍋を奪い、つゆ煮を鍛冶屋に浴びせた。

「ぎゃっ」と声を上げる大男。
四散する煮物。
くたびれた菜っ葉やら、何かの肉やら、臓物やら。
煮物と鉄錆の匂いが混じって、あたりに異様な臭気が漂った。
樵は手で鼻をおおいながら、鍛冶屋の手元を見た。
短筒の火縄は、つゆ煮に濡れて消えている。
つゆ煮濡れ筒。

空きの他の仮斧い斧砥間を荒見我が子櫓持てはつゆ煮濡れ筒

戦いに敗れた鍛冶屋は、その場で斧を研いで仕上げることを樵に約束した。
女房は、鍛冶屋の手の水ぶくれを雑巾で巻きながら、また奇妙な声をあげて笑い出した。

親子は戸口の筵を払って外へ出た。
青い空から小雪が舞っている。

「おっかあに綿入れでも買って帰るか。」
「おれは、橇がほしいだ。」
「橇ぐらい、わしがこさえてやるさ。」
樵と子どもは、年の瀬の賑わいを見に町の大通りへと向かった。

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