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10月, 2007の投稿を表示しています

高齢者のキノコ採り遭難死

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今日もまた仕事で、山へ行けない。
「サモダシ食いたい病」はかなりエスカレートして、舌がヒクヒクよだれビロビロなのだが、仕事をしないとサモダシどころか、おマンマが食えない。

八甲田古道空想(下湯温泉から酸ヶ湯温泉へ)

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朝と夕方に現場の仕事が入って、10時から2時頃までが自由な時間になったので、犬を連れて散歩がてら下湯ダムまで行って来た。
午前中は小雨、午後からは陽が射して、気温もちょっと上昇。
今日は雨を心配してカメラは持って行かなかった。

下湯ダムのダム湖の上流部分に広い公園がある。 ダム湖の西側に水辺公園とその上流にあやめ公園、ダム湖の東側の小高い丘が運動公園。

机上の方法、暗中模索のキノコ採りの道

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2万5千分の1の地形図に、キノコの姿を念じながら線を引いて、「キノコ採りの道」と名付け、その線上をシルバーコンパスを頼りに歩いてみる。
藪こぎしながら歩く、暗中模索の「キノコ採りの道」。
私のキノコ採りの方法である。

紅葉は終わりかけだが、雪を待つ森の雰囲気が、静かで心地良い。
キノコ採りもまた、ハイキングの方法なのだ。
森の宝を探し求めて歩くハイキング。

キノコの森へ

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今日もキノコの森をめざした。
めざして、さまよい歩いた。 どこにあるのか、行ってみなければわからないキノコの森。
大量のキノコは、いつも偶然見つかる。 何気なく目をやると、そこに倒木があって、「あれ、あの倒木はどんなんだべ」と思って近づいてみると、突然、大量のキノコが出現。

疲れが抜けて、力が蘇る瞬間だ。

クルマで、林道のお目当ての場所まで行って、そこでクルマを降りて10分ぐらい薮こぎをして、一定量のキノコを採る。 そんな採り方もあるらしいが、それでは、山を歩く楽しみがない。
だいいち、そういう収穫が容易な場所は、人がたくさん集まるから、「先をこされた」というストレスが生じたりする。 先をこされたくなくて「早いもの勝ち」だと、朝も暗いうちから起きだして、疲れた体を引きずってキノコ採りに出かけなくてはいけないので、それもストレスだ。

私は、人の行かないところを選んで歩くから、静かでのんびりした「キノコ採り」が楽しめる。 いわゆる私しか知らない秘密の場所だ。

だが、私の秘密の場所に、他人の靴跡を発見したりすると、それはそれで、ちょっとしたストレスになる。 「キノコ採りで、薮こぎしてこんなに奥まで来れるのは俺ぐらいのもんだろう」という自負がちょっと揺らぐ。 「好きな人はいるもんだなあ」とため息をつく。

「沢登り」をしている登山者たちは、山のプロだから、どんなところでも歩ける。 でも彼らはキノコ採りをしない。 いちいち、キノコを探して採っていたのでは、行程を歩破するという目的を果たせないからだ。

だから、「キノコ採り」で時間をかけて、森の奥まで入る者は俺ぐらいのもんだろうと思っていたのだが・・・・・・・・

多くの「キノコ採り」は効率第一。 短時間で大量のキノコを手に入れることが最大の喜び。 だが、その喜びにひたるには、競争が激し過ぎる。

のんびりした気分で大量の美味しいキノコを手にいれるためには、時間と体力を使わなければならない。 孤独なキノコ採りのお伴は、好奇心と、宝探しをする幼児的な感受性と、迷わず怪我無くお家に帰るという大人の理性。
ところで、キノコの森はどこにあるの? キノコが採れたところが、キノコの森さ。






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