キノコの森へ

ナメコ。


今日もキノコの森をめざした。
めざして、さまよい歩いた。
どこにあるのか、行ってみなければわからないキノコの森。

大量のキノコは、いつも偶然見つかる。
何気なく目をやると、そこに倒木があって、「あれ、あの倒木はどんなんだべ」と思って近づいてみると、突然、大量のキノコが出現。

疲れが抜けて、力が蘇る瞬間だ。

クルマで、林道のお目当ての場所まで行って、そこでクルマを降りて10分ぐらい薮こぎをして、一定量のキノコを採る。
そんな採り方もあるらしいが、それでは、山を歩く楽しみがない。

だいいち、そういう収穫が容易な場所は、人がたくさん集まるから、「先をこされた」というストレスが生じたりする。
先をこされたくなくて「早いもの勝ち」だと、朝も暗いうちから起きだして、疲れた体を引きずってキノコ採りに出かけなくてはいけないので、それもストレスだ。

私は、人の行かないところを選んで歩くから、静かでのんびりした「キノコ採り」が楽しめる。
いわゆる私しか知らない秘密の場所だ。

だが、私の秘密の場所に、他人の靴跡を発見したりすると、それはそれで、ちょっとしたストレスになる。
「キノコ採りで、薮こぎしてこんなに奥まで来れるのは俺ぐらいのもんだろう」という自負がちょっと揺らぐ。
「好きな人はいるもんだなあ」とため息をつく。

「沢登り」をしている登山者たちは、山のプロだから、どんなところでも歩ける。
でも彼らはキノコ採りをしない。
いちいち、キノコを探して採っていたのでは、行程を歩破するという目的を果たせないからだ。

だから、「キノコ採り」で時間をかけて、森の奥まで入る者は俺ぐらいのもんだろうと思っていたのだが・・・・・・・・

多くの「キノコ採り」は効率第一。
短時間で大量のキノコを手に入れることが最大の喜び。
だが、その喜びにひたるには、競争が激し過ぎる。

のんびりした気分で大量の美味しいキノコを手にいれるためには、時間と体力を使わなければならない。
孤独なキノコ採りのお伴は、好奇心と、宝探しをする幼児的な感受性と、迷わず怪我無くお家に帰るという大人の理性。

ところで、キノコの森はどこにあるの?
キノコが採れたところが、キノコの森さ。


大きな倒木にまあまあの量のナメコ。


ナメコ。


腐りかけのサモダシ(ナラタケ)の株。

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