模造の窓のイラスト

街の通りが見渡せる部屋の窓。
模造空間に設置する窓のイラスト。

演劇の舞台で、場面が会社の室内とかであれば、外の広い空間をイメージさせるために、その方法として模造の窓を模造の室内の壁に嵌め込む。

実際には無い窓を、演劇の観客は有るものとして考え、その演劇の世界を楽しみ、お芝居に没頭するのだ。

模造や仮想という方法は、実際には無いものを持ってくる事によって、有るものが見えてくるという仕掛けを作り出すことだ。
また、実際に有るものを見えなくする仕掛けも作り出す。

それ自体が演劇の仕掛けでもあるのだろう。
演劇は、私たちに、現実に有るものや現実に無いものを見せてくれる。

実際、現実の社会は、模造や仮想が折り重なるように重複している世界だ。

この社会には「道徳」とか「常識」とか「規範」とかの「統御システム」が働いている。
それらを構成するもっとも重要な要因は「見せかけ」かもしれない。

「見せかけ」は私たちの行動を説得するのに足る力を、充分に持っている。
もしかしたら、私たちは「見せかけ」から「見せかけ」へと渡り歩いて一生を終えるのかもしれない。

「見せかけ」であることを見破りながらも、「見せかけ」に従い、抗い様も無く「見せかけ」の世界に没して行く。


模造の窓のイラストは、仮想であるが故にその中で演じられる芝居の真実味を際立たせる。
私たちは「見せかけ」の世界に没しているにも関わらず、その「真実味」に新鮮な驚きを感じるのだ。

模造という方法には、それを見せかけとして通用させるための意図が働いている。

と同時に、模造という方法は、その「見せかけ」を打ち破る意図も介在している。

その目に見えない意図は、模造の窓のイラストを嵌め込まれた仮想の空間で観客を見下ろしているのだ。

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