言葉遊びの効能は頭の稼働領域を広げる?

「かくしごと」という平仮名に漢字をあてて、まったく違う意味の言葉をつくりなさい、という頭の体操。

隠し事。

隠し子と。

各紙ごと。

書く仕事。

無理のない範囲内で、ざっとこれぐらいか。


これと似たような発想で、句読点をうつ位置で、別の意味になる言葉をつくりなさい、というのもある。

たとえば「いやよして」。

「いや、よして」となると「やめてくれ」という意味。

「いやよ、して」となると「やめないで」という意味になる。

こういうのは大まかに言えば、「言葉遊び」なのだろう。

頭を柔軟に揉みほぐして稼働領域を広げるから、言葉遊びによる「頭の体操」なのである。


「かくしごと」という平仮名を見て、隠し事のことと思うのは、何かしらの先入観があるから。

書く仕事と連想するのは、それこそ書くことを仕事としている人が多いかも知れない。

こんなふうに、私たちは固定観念や先入観に支配されて生活している割合が大きい。


俗にいう「遊び人」の発想は比較的自由なように思われている。

しかし、これも固定観念かも知れない。

自由に遊んで暮らしている人は、世間的な常識には縛られていないかも知れないが、固定観念の虜でもあるかも知れない。

「いい男」が女性に食わせてもらって、遊んで暮らしている。

その男は「いい男」とはこういうもんだ、と思い込んでいるかもしれない。

俺にはこんな暮らしが一番さ、と思い込んでいるかもしれない。

さらには、彼女は俺にぞっこんだと思い込んでいるが、案外多額の保険金がかけられていたり・・・・・。

自身に備わっている創造的な能力に気づかなかったり。

固定観念に囚われていると、ものが見えてこない。

関連する物事に、思いが行こうとしない。

あらゆる可能性についての、広範囲な考え方ができにくい。


言葉遊びの効能は、固定観念に囚われない柔軟な考え方の発見。

視点を変えて物事を見れば、意外な発見があるということ。

その発見が、新しい創造につながるかも知れないということ。

ひとつとして保証はないが、可能性はいっぱいある。


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