そのショッピングモールの2階には、しゃれた店舗が並ぶ食堂街があった。
食堂街の端の方にある、パスタ料理専門店の店内で、女性店員が 「あっ!」と声をあげる。
何か、バランスを崩した様子。
そのとたんに、数枚の皿の割れる音。
「申し訳ありません。」と、皿の破片を片付けながら、困惑げな表情の店員。
その様子を見ていた男性客が、テーブルをたたいて、大声で激しく笑った。
いい年の大人の、無邪気な狂態は、醜悪なもの。
人の失態を高笑いするなんて常識の無い人、という周囲の客の視線が、男性客に集まる。
男性客は、都合悪そうに、自身のパスタの皿に目を落として、一心に料理を食べ始めた。
「久々に可笑しかったが、大笑いしたのはまずかった。」
男は、抱え込んでいた心の重圧が一瞬消し飛んで、気が晴れかけたのだが、また、元の陰鬱な気分に戻った。
以前にも増して、いっそう気分が陰鬱になった。
入口に近い席のご婦人が、急にしょんぼりしたこの男を見やりながら、「バカな男ね。」と低くつぶやいて、グラスの水に口を移す。
そのとき、店のショーウィンドウを眺めて、何を食べようかと、迷っていた父親が、婦人の吐き捨てるような「つぶやき」を耳にした。
決断力に欠けることを、普段から気にしていた男は、自身のことをなじられたのだと思い、婦人の方へ視線を投げる。
そうとは知らないご婦人は、グラスをテーブルに置き、「ふん」と一笑。
彼女もまた、自身の日頃の鬱積を「バカな男」ともども一蹴したかったのだ。
一笑で一蹴。
その一笑が気に入らなかった。
父親は、「食べたいものが無いなら、他の店に行こう!」と、小さい娘の手をぐいと引っ張り、急に歩き出した。
予期しない父親の行動に、幼子は驚いた。
驚いて、ちょっとバランスを崩した。
力の抜けた少女の手からボールが落ちて、食堂街の通路を弾んで転がる。
ボールだけが、生き生きと 無心に弾んでいる。
愉快に弾んで、勢い余ったボールが、食堂街中央にあるステーキの店の内側へ消えた。
「あっ!」と、女性店員が声をあげる。
何か、バランスを崩した様子。
そのとたんに、数枚の皿の割れる音。
「申し訳ありません。」と、皿の破片を片付けながら、困惑げな表情の店員。
その様子を見ていた男性客が、テーブルをたたいて、大声で激しく笑った。
昼下がりのルフラン。
音楽のように、午後の食堂街を流れるのは、延々と続く偶然。
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