2013/12/11

食堂街の、延々と続く偶然

いたずら者の口笛


ショッピングモールの2階に、十数軒の店が並ぶ大きな食堂街があった。
「ピュルルルル・・・」
食堂街に、午後のBGMが流れている。
ポールモーリアの「口笛の鳴る丘」
浮き浮きしてきて、何かいたずらをしたい気分になってくる。
そんな春の午後は、悪ガキが目を光らせているもの。

食堂街の端の方に、レンガの装飾がおしゃれなパスタ料理専門店があった。
赤レンガの壁に緑色のつたの葉が這っている。
シックな店内で、女性が 「あっ!」と頓狂とんきょうな声をあげる。
女性店員が食器を下げている途中、バランスを崩した様子。
彼女は背後に何かの気配を感じて、思わず体が硬直した。
それで上体が傾いたのだ。
まるで滑稽こっけいな喜劇役者のように。
やがて、数枚の皿やグラスの割れる音が店内に響いた。

「申し訳ありません。」と、皿の破片を片付けながら、困惑した表情の店員。
こんなことは、今までなかったこと。

様子を見ていた男性客が、テーブルをたたいて、大声で激しく笑った。
いい年の大人の無邪気な狂態は、醜悪なもの。
人の失態を高笑いするなんて。
なんて感情の貧しい人、という周囲の客の視線が男性客に集まる。

男性客は都合悪そうにパスタの皿に目を落として、一心に料理を食べ始めた。
「久々に可笑しかったが、大笑いしたのはまずかった」
男は、抱え込んでいた心の重圧が一瞬消し飛んで気が晴れかけたのだが、また、元の陰鬱いんうつな気分に戻った。
以前にも増して、いっそう気分が陰鬱になった。

入口に近い席で、独り食事をしていたご婦人。
彼女は、急にしょんぼりしたこの男を見やりながら、「バカな男ね」と低くつぶやいた。
グラスに手を伸ばして、冷たい水をおいしそうに飲み干した。

このとき、イタリアンなショーウィンドウを眺めて、何を食べようかと迷っていた父親が、婦人の吐き捨てるような「バカな男ね」を耳にした。
彼は、自身が決断力に欠けることを普段から気にしていた。
自分のことをなじられたのだと思い、婦人の方へ視線を投げる。
そうとも知らないご婦人は、グラスをテーブルに置き、「ふん」と一笑。
彼女もまた、日頃の鬱積うっせきを「バカな男」ともども一蹴したかったのだ。
一笑で一蹴。

その一笑が気に障った。
父親は、「食べたいものが無いなら、他の店に行こう!」と、小さい娘の手をぐいと引っ張り、急に歩き出した。
予期しない父親の行動に、女の子はたじろいだ。
たじろいだスキをついて、何かが女の子の肩を押した。
「あっ」と女の子は足を踏ん張る。
その拍子に、力の抜けた少女の手からボールが落ちて、食堂街の通路を弾んで転がった。

お昼過ぎの閑散とした食堂街。
ポールモーリアの軽快なBGM。
「ピュルルルル・・・」
ボールだけが、生き生きと 無心に弾んでいる。
まるで生き物のように。
愉快に弾んで、勢い余ったボールが、食堂街中央にあるステーキの店の内側へ消えた。

美味しそうなにおいが漂う店内で、「あっ!」と女性店員が声をあげる。
何か、バランスを崩した様子。
そのとたんに、数枚の皿の割れる音。
「申し訳ありません。」と、皿の破片を片付けながら、困惑した表情の店員。
その様子を見ていた男性客が、テーブルをたたいて、大声で激しく笑った。

昼下がりのルフラン。
空腹な小悪魔は、いたずらに夢中だ。
「ピュルルルル・・・」
午後の食堂街に流れるのは、繰り返しを楽しむいたずら者の口笛。


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