「春雨や暮れなんとしてけふもあり」与謝蕪村

夕暮れ

日が落ちて、今日も暮れようとしている。
こうしてずっと前から、一日一日が過ぎてきたのに、暮れようとしているのは今日だけのように思えるのはなぜだろう。

昨夕はどんな暮れ方だったか。
おとといの夕方は、どんな暮れ方だったか。
なんてのは、遠い昔のことのようだ。
今現在、刻々と暮れようとしている時だけが、鮮明な映像となって目の前にある。
目の前には、暮れようとしている今の風景しか無い。

雨の朝。
あたり一面が濡れている昼下がり。
しとしとと降り続く雨の夕暮れ。

まるで雨が時を刻んでいるような春の一日。
こうして今日も暮れていく。
今日あった出来事を思い返そうとしても、闇夜に吸い込まれて消えてしまう。
まるで、今日の春雨がそうであるように・・・。

夕暮れの空。
だが、まだ消えていない。
薄暗がりのなかに、家並みが見える。
人影が見える。
木立が見える。

春雨が鼻の奥で、かすかに匂う。
耳を澄ますと、川を流れる水の音が聞こえる。
頭上には、茫漠とした空の存在を感じる。

なぜ暮れようとしているのは今日だけのように感じるのか。
暮れていくのは、この家の軒先ではなくて、暮れていくのは、人の感覚かもしれない。
夕暮れというセンチメンタルな時間にくっついている人間の感覚。
現実は未来からやってくるから、暮れるとか暮れないとか、戸惑うような感覚は過去へと薄れていく。

過ぎていくこの一瞬だけがリアルな存在だ。
常に未来の現実から送られてくる「今という時」に、感傷の余地はない。
空のはるか彼方に、暮れていった昨日や一昨日の、感傷が潜んでいる。

今日の夕暮れのこの時が終わってしまえば、今の記憶は仕舞われてしまうだろう。
記憶は、人の思いから離れて、空の彼方に書き留められていく。
進行している今だけが、鮮明に形を現し続け。
過ぎた時間は言葉となって、人の感覚から離れていく。
だから、暮れようとしている今日だけが、ここにあると感じる。

春雨や 暮れなんとして けふもあり  与謝蕪村

暮れようとしているから、今日があるのか。
暮れそうで、まだ暮れないから今日があるのか。
いずれにしても、春雨にけむった今日という風景が、暮れようとしている。

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