霧の深い残雪の山を歩いていて、ふと思った。
そういえば、まだウグイスの鳴き声を聞いていない。
スキーに夢中になって、ウグイスの鳴き声を聞き漏らしたのか。
それとも、今年はウグイスの鳴くのが遅いのだろうか。
残雪の量は平年並み。
でも、山は、ここ数日、春の低温が続いている。
あたりは薄暮時のように薄暗い。
これは、濃い霧のせいなのか、夕暮れの時刻になったためか。
時計を忘れたので判然としない。
山を遊び歩いているうちに、時間の感覚を失ってしまった。
方角は分かっている。
もう少し遊んでいようか、そろそろ帰ろうか、などと思っている。
と、どこか遠くでウグイスの鳴き声がしたような。
チシマザサの藪の奥の方から、確かにウグイスの声が聞こえたのだったが・・・。
しばらく耳を傾けてみた。
しかし、それっきり聞こえない。
ウグイスは警戒心が強いので、人の気配を感じて鳴くのを止めたのだろうか。
もしかしたら、あれは空耳だったのか。
ウグイスとスキーヤーが、それぞれ、相手の気配を探っているような。
そうやってじっとしているうちに、また、時の過ぎるのを忘れてしまった。
笹藪を揺らす風は夕暮れのもののようだ。
ウグイスの一声のおかげで、あたりが一層静かになった。
周囲の乳白色の霧の影が、だんだん濃くなって、日が暮れかかっていることを示している。
そうだ、もう一声聞いたら帰ることにしよう。
もうひと鳴きぐらい、するはずだ。
あの透き通った鳴き声を聞かなければ、山へきた甲斐がない。
空からか、地平からか、遠く幽かに聞こえてくる美しい声。
ウグイスの鳴き声を待ちながら、今日の峰々での、楽しかったスキーのことを考えていた。
そうしているうちに、またもや時を失って、日はもう暮れてしまいそう。
だが、「今」という、この存在の瞬間は、失ってはいない。
また、遠くで鶯の声。
今日という日は、暮れてしまった。
鶯の声遠き日も暮れにけり 与謝蕪村
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蕪村しみじみ