初冬にすっかり葉を落として、幹と枝だけになった木を裸木(はだかぎ)という

カツラの木。
落葉の季節は侘しいというのが通念のようだが。
落葉した木は美しい、という見方もある。

初冬にすっかり葉を落として、幹と枝だけになった木を裸木(はだかぎ)という。

樹木は一年中、様々な景観を私たちに提供してくれる。
春の新緑も秋の紅葉も美しい。
そして、初冬の裸木と、厳冬期の雪をまとった木の姿も美しい。
白い雪と黒い木の幹が風景にリズムを与えているような・・・。
それも、裸木の存在感。
サクラとケヤキ。
身にまとっていた葉をすっかり落として、裸身となった樹形に生きる力を感じたり。
それは、樹形そのものが生きる形であるのだから。
それをシルエットと呼んでしまうと、思いが平坦になってしまう。
裸木はもっと奥深い。
立体を作る光と影の美しさ。

ケヤキの裸木。

葉が枯れ落ちた木という意味で、裸木のことを枯れ木という言い方もある。
しかし、枯れ木と聞くと、終わった木や死んだ木というイメージが濃い。
裸木とは、冬を越えて春を迎える準備をしている生命力あふれる姿である。
裸木の枝には、葉芽や花芽が顔を出している。

その葉芽や花芽から発せられるエネルギーが、裸木に生き生きとした印象を与えているのかもしれない。

覆いを取り外した生命の形態の美しさは、人間の裸体美に通じるものがある。
だが、裸木は、人間の裸体ほど柔らかくは無いし、人の視線を求めてもいない。
屹立して空を仰ぐ清々しさが、木全体にみなぎっている。

必要最小限の姿だから無駄がないとか、あるとかではなく。
そこに立っている木全体が、無駄とか必要とか有益とかの視点を排している。
ありのままの身をさらして生きる姿が屹立している。
そこが裸木の美しいところ。

裸木を美しいと感じる人は、裸木から、生きる力をいただいている人に違いない。

交差する樹影。

裸木の美しさのまとめ

(1)樹形そのものが生きる姿を表現している。
(2)枝のリズミカルな形態が作る立体の、光と影の美しさ。
(3)冬を越えて春を迎える準備をしている裸木の、生命力あふれる印象。
(4)ありのままの生きる姿が屹立している。

裸木は冬に向かうためのモード。

◆今まで書いた記事一覧(この文字をクリックすると展開します。)

もっと見る

スポンサードリンク