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初冬にすっかり葉を落として、幹と枝だけになった木を裸木(はだかぎ)という

2018/04/06
カツラの木。
落葉の季節は侘しいというのが通念のようだが。
落葉した木は美しい、という見方もある。

初冬にすっかり葉を落として、幹と枝だけになった木を裸木(はだかぎ)という。

樹木は一年中、様々な景観を私たちに提供してくれる。
春の新緑も秋の紅葉も美しい。
そして、初冬の裸木と、厳冬期の雪をまとった木の姿も美しい。
白い雪と黒い木の幹が風景にリズムを与えているような・・・。
それも、裸木の存在感。
サクラとケヤキ。
身にまとっていた葉をすっかり落として、裸身となった樹形に生きる力を感じたり。
それは、樹形そのものが生きる形であるのだから。
それをシルエットと呼んでしまうと、思いが平坦になってしまう。
裸木はもっと奥深い。
立体を作る光と影の美しさ。

ケヤキの裸木。

葉が枯れ落ちた木という意味で、裸木のことを枯れ木という言い方もある。
しかし、枯れ木と聞くと、終わった木や死んだ木というイメージが濃い。
裸木とは、冬を越えて春を迎える準備をしている生命力あふれる姿である。
裸木の枝には、葉芽や花芽が顔を出している。

その葉芽や花芽から発せられるエネルギーが、裸木に生き生きとした印象を与えているのかもしれない。

覆いを取り外した生命の形態の美しさは、人間の裸体美に通じるものがある。
だが、裸木は、人間の裸体ほど柔らかくは無いし、人の視線を求めてもいない。
屹立して空を仰ぐ清々しさが、木全体にみなぎっている。

必要最小限の姿だから無駄がないとか、あるとかではなく。
そこに立っている木全体が、無駄とか必要とか有益とかの視点を排している。
ありのままの身をさらして生きる姿が屹立している。
そこが裸木の美しいところ。

裸木を美しいと感じる人は、裸木から、生きる力をいただいている人に違いない。

交差する樹影。

裸木の美しさのまとめ

(1)樹形そのものが生きる姿を表現している。
(2)枝のリズミカルな形態が作る立体の、光と影の美しさ。
(3)冬を越えて春を迎える準備をしている裸木の、生命力あふれる印象。
(4)ありのままの生きる姿が屹立している。

裸木は冬に向かうためのモード。

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