芭蕉の旅の希望「鷹ひとつ見つけてうれしいらご崎」

ついに芭蕉は、保美村で杜国と再会する。

*保美村:ほびむら。渥美半島の先にある村。現・田原市保美。
*杜国:とこく。坪井杜国。空米売買の罪で、名古屋から保美村に追放されている芭蕉の愛弟子。

名古屋から保美村まで同行した越人(えつじん:越智越人)と芭蕉は、杜国との無事の再会を喜び合い、伊良古(いらご)崎(現・伊良湖崎)見物に出かける。

「保美村より伊良古崎へ壱里斗も有べし。」と芭蕉は書いている。
このときの天候のことは書かれていないが、おそらく、冬の寒波が去って好天に恵まれただろうと想像できる。

鷹ひとつ見つけてうれしいらご崎
松尾芭蕉

上記の句は、このときの作。
芭蕉は、伊良古崎の浜で碁石に使う白い貝殻を拾って遊んだ。
この碁石を作る貝殻は、「いらご白」と言って、伊良古崎の名産であったらしい。

ウィキペディアには、「本州の中部地方以北で繁殖したサシバは第1番目の集団渡来地、伊良湖岬を通り、別のサシバと合流して鹿児島県の佐多岬に集結する。」とある。

サシバは、タカ目タカ科の鳥。
秋の渡りの頃は、渥美半島の伊良湖岬ではサシバの大規模な渡りを見ることができるらしい。

芭蕉一行が伊良古崎見物に出かけたのは初冬を過ぎたあたりだろうから、大群のサシバの渡りを見ることは出来なかったと思われる。
それでも、一羽の鷹が大空を舞っている姿を、この日、見ることが出来た。

「鷹ひとつ見つけてうれしいらご崎」の「うれし」には、このときの感動がこもっている。
渥美半島の旅は、先に進むほど陸地が細くなり、寒風も強くなる。
地の果てに行くような、心細い旅である。
そんな心細い旅を予期して、芭蕉は吉田の宿で「寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき」と詠んだのかもしれない。
心細い旅に同行者を得て、安堵したのだろう。

辺境の地で、芭蕉は会いたかった人に再会できた。
その喜びが、旅の心細さをさらに打ち消した。

大空を舞っている鷹に、芭蕉は自身を投影したのではなかろうか。
天空を飛ぶ渡りの鷹と、旅を続けている自身を重ね合わせた。
それによって、何か心強いものを得た。

荒涼とした冬の岬は、死の世界のイメージとして芭蕉の目に映ったのかもしれない。
あたたかい温もりを持った一羽の鷹の飛来は、死の不安を追い払う希望だったのだろう。
もう芭蕉に、心細さはなかった。
「笈の小文」の旅中旅。
冬の渥美半島の旅は、そういう旅だったのだ。

天空の小さな鷹と、それを見守る岬突端に佇む小さな人影。
この句からも私たちは、芭蕉独特の「遠近法」を楽しむことができる。

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