故郷へ向かう芭蕉「旅寐してみしやうき世の煤はらひ」

いよいよ芭蕉は、生まれ故郷の伊賀上野に向かう。

いったい、名古屋に幾日滞在したのだろう。
その名古屋を出発する時が来た。

「師走十日余、名ごやを出て旧里に入らんとす。」と「笈の小文」にある。

旅寐してみしやうき世の煤はらひ
松尾芭蕉

「みしや」とは「見しや」のことか。
「し」は過去の助動詞。
「や」は詠嘆の終助詞。
「みしや」は「見たことだなぁ」の意なのだろう。

「旅寝して」とは、方々を泊まり歩いてというようなイメージにとれる。
自宅に定住せずに、転々と旅を続けている自身の身の上(生き方)を表現しているようである。

それは、「浮き世」の在り方ではない。
「浮き世」の住人は、この時期は自宅の煤払いに精を出している頃だ。

居所を定めぬ放浪者のような旅人が、堅気の暮らしをしている人々の、年末の家庭行事を見たことだなぁ、という感じ。

それは、自宅で暮らしていた頃が懐かしいなぁ、という感じなのか。
あるいは、浮き世の年末の行事なんかには縁の無い俺さ、という感じなのか。

たぶん、芭蕉の、さすらいの旅には、その両方の感慨があったのではなかろうか。

その両方をしまい込んだ旅行鞄(笈?)を引っさげて、芭蕉は生まれ故郷の実家を目指した。
44歳の芭蕉に、もう父母はいない。
郷里の実家には、芭蕉の兄、松尾家の長兄である松尾半左衛門が暮らしている。

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