それが、いろいろな思いに駆られて変化し、今はごらんの通り「雑談散歩」というタイトルになっています。
このことについては、ブログの「プロフィール」ページに若干のメモがあります。
「雑談散歩」という「お題」も、未来永劫このままということは無いでしょう。
鴨長明の「住宅論」ではないですが、「しかも、もとの水にあらず」です。
ブログも、川の水のように流れていくものだと思っています。
もしブログが「仮の宿り」だとしたら、ブログは鴨長明の「住宅論」に当てはまるかも知れません。
「たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる」
このことについては、ブログの「プロフィール」ページに若干のメモがあります。
「雑談散歩」という「お題」も、未来永劫このままということは無いでしょう。
鴨長明の「住宅論」ではないですが、「しかも、もとの水にあらず」です。
ブログも、川の水のように流れていくものだと思っています。
もしブログが「仮の宿り」だとしたら、ブログは鴨長明の「住宅論」に当てはまるかも知れません。
「たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる」
この疑問に対する明快な答えが、私にはあります。
話がそれました。
さて、ブログを書くことで、考え方が変わり、新しい考え方が身に付くこともあるでしょう。
そうなれば、「お題」が変わることは必然。
でも、書き始めた当初から変わらないものがあります。
それは、このブログの底流にあるキーワード「方法」あるいは「生活の方法」です。
「生活の方法」って何のことか?
現代では、こういう言い方もあるようです。
ライフハック(Life Hack)。
ライフハックとは、以下のような意味合いで使われている言葉です。
「生活の方法」って何のことか?
現代では、こういう言い方もあるようです。
ライフハック(Life Hack)。
ライフハックとは、以下のような意味合いで使われている言葉です。
- 効率良く仕事に対処し、高い生産性と利益を上げ、人生の質を高めるための工夫や方法の事。
- 「人生(ライフ)をハックする」という言い方もあり、この頃では、仕事に限らない広い範囲で用いられる言葉となりつつある。
私の「生活の方法」は、たぶん(2)の意味合いが濃いでしょう。
人生の諸問題を適宜に解決し、生活を楽しむための工夫や方法。
その「ライフハック」を発見するためのブログ更新になっています。
このブログは、私のオリジナルな「文章」で成り立っています。
しかし、このブログにある「文章」や「言葉」は私が発明したものではありません。
日本人のご先祖が、長い時間をかけて築き上げてきた「共有文化資産」といえるものです。
ですから、「オリジナルな文章」という言い方は正確ではないかもしれません。
「オリジナルな文体」と言うべきか。
「文体」には、書き手の個性的特色で仕上げられた文章のスタイルという意味があります。
ですから、「オリジナルな文章」という言い方は正確ではないかもしれません。
「オリジナルな文体」と言うべきか。
「文体」には、書き手の個性的特色で仕上げられた文章のスタイルという意味があります。
つまり、私なら私の文章表現の方法です。
そこにのみ自身のオリジナリティ(独創性)があるのだと思います。
何を書いているか、という意味での独創性ではありません。
どういう風に書いているのかと言う意味での独創性です。
その「文体」の独創性はその人の視点に依拠していると思います。
物の見方・考え方のことです。
私が、どういう風に物事を見、考えているかということの書き表し方が、そのままブログの方法につながります。
私はブログで、書き表し方の様々な方法を駆使します。
その方法に対する姿勢が、私を「生活の方法」発見へと導いていると思います。
そうです、あなたの思われている通りです。
最後の「・・・・・導いて」という結論がちょっと曖昧ですね。
「ブログの方法」と「生活の方法」を、無理につないでいると。
たしかに。
しかし方法とは実験的な側面をあわせ持っています。
しかも好結果ばかりとは限りません。
そういうことを含めての方法なのですから。
まだまだブログは続きます。
その過程で、「ブログの方法」と「生活の方法」が接触し、やがて一つになるということは充分あり得ます。
そういう風に、この文体でブログを書いているのですから。