水深く利鎌ならす真菰刈


真菰(まこも)の思い出


子どもの頃、水田の用水路の泥底から生えた細長い草の茎を食べたことがあった。
歯で茎の皮をかじって剥いて、その白い芯を食べていた。
美味しいものではなかったが、不味くもなかった。

かすかに甘みが感じられるクセのない味。
新鮮なネマガリタケのタケノコは、皮を剥いて生でも食べられるが、昔食べたその草の芯も似たような味だったなと記憶している。
私が育った村(西津軽地方)では、その草のことを「ガジギ」と呼んでいた。
「ガジギ」の葉は剣状で、それで笹舟のような「葉舟」を作って遊んだこともあった。

「利根の川風『マコモ』に吹けば」


その「ガジギ」が、マコモ(真菰)という抽水植物の地方名だと知ったのは二十歳を過ぎてからだった。

そもそもマコモという植物の名は、ある歌謡曲で知ったのである。
その当時学生寮に入っていた私は、お決まりのメンバーでよく酒を飲んだ。
そして酔いが進むと、よく歌った。
その歌のひとつに、三橋美智也の「一本刀土俵入り」があった。

私は、いつも「利根の川風マコモに吹けば」と歌う。
この歌を、そう聞き覚えていたのだ。
そして、マコモはススキのような草だろうと、漠然と思っていた。

ところがある夜、メガネをかけた賢顔のひとりの寮生が、それは「利根の川風まともに吹けば」だろうと言った。

「へっ、まともだって、それはまともじゃないねえ。」と私。
「だって、正確な歌詞に従って歌えば『利根の川風まともに吹けば』だぜ。」と賢顔ハンサム。
「けっ、『まとも』じゃ詩情に欠けるじゃないか!『マコモ』のほうが断然イイ!」と阿呆面私。
「詩情に欠けるとか欠けないとか言ってるんじゃないよ、歌詞を正しく歌えば『まとも』だと言ってるんだよ。」と賢顔。
「へっ、てめえはまともなつもりかよ!」とメチャクチャ阿呆面。
「じゃキミは、マコモってどういう植物か知って言ってるのか。」
「けっ、なんかススキのアレだろ・・・」
「アレって、何だよ。」
「へっ、アレって、アレに決まってるだろ・・・」

ガジギ=マコモ


利根の川風に吹かれて似合うのは、ススキみたいなもの以外にはない。
私の頭のなかでは、そう決まっていた。

その後、学校の図書室でマコモ(真菰)の正体を知った。
野生植物図鑑に、イネ科の大形多年草で水辺や水中に群生するとあった。
新芽は食用になる。
東北地方では、カツミ、カッツギの呼び名があるとも書かれていた。

「カッツギ」という呼び方は、私の知っている「ガジギ」に似ている。
それに食用になるという共通点もある。
図鑑の写真をよく見ると、それはもう、あの「ガジギ」であった。

してみると、私がかじって食べていたのはマコモの茎ではなく新芽だったようだ。
私にとって、腹をすかした餓鬼時代の哀愁のマコモであった。
やはり、哀愁ただよう利根の川風には、マコモが似合う。

蕪村の「真菰刈り」の句


前置きが長くなってしまった。
下記の句は、その「真菰」を題材にした蕪村の句。

水深く利鎌(とがま)ならす真菰刈
与謝蕪村

「利鎌」とは、切れ味の鋭い鎌のこと。
「ならす」は多分「鳴らす」のことと思われる。
鎌を水中で動かして「真菰」の茎を切り取る。
そのザクッと切れる水の中の音が、水面上に響く。

「真菰刈」の季語は晩夏。
夏の終わり頃に「真菰」を刈るのは、「真菰」の茎や葉を、筵(むしろ)の材料にするためとのこと。
掲句について「日本詩人選18 与謝蕪村(筑摩書房)」で、その著者安東次男氏は、「視界の外にあるものにさえ、その目は執拗に及んでいる。」と蕪村を評している。

「真菰」は背丈が2メートル近く伸びる大型植物。
深い水の底からでも茎を伸ばすという。
泥底に生える植物であるから、人が足を踏み入れると、水の中は濁って見えなくなる。
その見えない水の底までも、蕪村の視線は届いていると安東次男氏は述べているのだろうか。

泥で濁って見えない「利鎌」の動きを蕪村はじっと見ている。
時折、水面近くでうっすらと光る鋭い鎌の刃。
見えない世界から聞こえてくる「利鎌」の切断音。
その鋭利な世界に、無音な詩情を感じて、蕪村はこの句を作ったのかもしれない。

天明の飢饉


だがこの句からは、そういった田園風景の詩情描写以上のものを私は感じている。
見えない水中で「真菰」を刈り取る「利鎌」のかすかな音が、蕪村の憤りや苛立ちのように聞こえてくるのだ。
「利鎌」の鋭い刃の存在感は、いったい何を暗示しているのだろうか。

労働としては、「真菰」を浅い箇所で刈ったほうが効率が良くて時間内の収穫も多い。
作業をする者の体も楽である。
「真菰」を刈る農民を水深いところまで追いやったものは何だったのだろう。
上句の「水深く」という表現には、尋常ではない農民の深く重い状況が察せられる。

掲句が、いつの作かは私には不明である。
以前記事にしたが、蕪村は天明2年から天明8年にかけて発生した大飢饉の最中、「紅梅の落花燃ゆらむ馬の糞」という句を作った。
その記事で私は、この句にはなにやら蕪村の苛立ちのようなものを感じると書いたのだった。
「水深く利鎌・・・」の句にもそれを感じるとしたら、やはり天明の飢饉が掲句の背景となっていると仮定することも可能なのではないだろうか。

視界の外にあるもの


天明期に発生した百姓一揆・打毀しがこの句の背景にあるとしたら、「水深く利鎌ならす真菰刈」の「ならす」は「慣らす」ともとれるのではないだろうか。
飢饉のなかで、食料を求めて「真菰」を刈る。
イネ科の植物である「真菰」の種子は、稗(ヒエ)や粟(アワ)同様緊急時の食料となる。
その「真菰」も水の浅い場所では採り尽されて、農民たちは沼や川の深い場所へと食料を得るために追い込まれる。
水の中で時折光る鎌の刃は、そんな農民たちの鬱屈した不満の象徴のように蕪村の目に映ったのではあるまいか。

深い水のなかで、「真菰」を刈る。
それは、農民たちの陥った状況に鎌を慣らしてでもいるような。
仕事の道具を、苦境に順応させることで、農民自身も苦境に耐えようとしているのではないだろうか。
蕪村は、「ならす(慣らす)」にそういう意味合いを含めた。

たとえば「鮒売り」という言葉は、鮒を売り歩く行為をさしていると同時に、それで生活している人の代名詞にもなっている。
「真菰刈」もまた、飢饉によって没落した農民の代名詞であるとしたら、深い水の中で「真菰」を刈るために「利鎌」を慣らす「真菰刈」の姿が、リアリティをもって私の脳裏に浮かび上がってくる。

「真菰刈」の姿は、農民たちの情念のようなもの。
それは、平穏な田園風景の「視界の外にあるもの」である。

安東次男氏の解説をそう考えると、蕪村の目は、執拗に視界の外へ及んでいると私にも感じられる。

掲句を天明期の作であると仮定したうえでの話であるが・・・。

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