芭蕉が感じた面影「草の葉を落つるより飛ぶ蛍かな」

蛍は夏の風物詩

「蛍は夏の風物詩」とは、よく聞く文句。
ところで、「風物詩」とは何?

風物は、風の物。
風とは。
暖かい風や冷たい風。
優しい風や破壊的な風。
懐かしい風やよそよそしい風。

風は季節によって姿を変える。
なので風とは季節のことである。

風物詩と短歌の抒情

風物とは、その季節の物。
その季節に特有の物。
季節が過ぎれば、消滅してしまう物。
春であれば桜の花とか、夏であれば蛍とか。
秋であれば紅葉とか、冬であれば雪とか。
季節が過ぎれば消滅してしまうから、そこに独特の詩情が生まれる。

日本の伝統的な詩情は、短歌で表現されている。
いわゆる短歌的な抒情である。
おそらく大部分の日本人の、季節の事物に対する感性は、短歌的な抒情によって養われている。
そう言えるのではないだろうか。
だから、「風物詩」の詩情とは、古い時代の歌に込められた詠嘆に依っていると思われる。

蛍は古い時代の面影

蛍は、生育環境の悪化によって減少しつつある昆虫。
蛍がたくさん飛んでいた時代は、今よりも自然が豊かだった時代。
現代の蛍の名所へ出かければ、そんな時代の面影を覗き見ることができる。
「風物詩」とは過去の面影を覗き見ることかもしれない。
古き良き時代の名残。

私達が「蛍は夏の風物詩」と言う時、私達は古い時代の面影を頭の片隅に思い浮かべているのだ。
情報にあふれた現代では、「風物詩」が情緒としてよりも情報として存在している。
だが情報ではなく、自然に対する詠嘆が、いつもあちこちで囁かれていた時代もあったのではないだろうか。
自然に対する詠嘆が、短歌や俳諧に詠われた時代。

瀬田で蛍見物


草の葉を落つるより飛ぶ蛍かな
松尾芭蕉

元禄元年六月上旬、芭蕉四十五歳の作。
「笈の小文」の旅を須磨で終えた芭蕉が、関西地方を周遊していた頃、大津滞在中に詠んだ句とされている。
大津の蛍の名所である瀬田で蛍見物をしたときの発句と思われる。

「草の葉を」の「を」は、「動作の起点」を示す格助詞で「・・・から」の意。
「落つるより」の「より」は、「即時」の動作を示す格助詞。
「・・・やいなや」とか「・・・するとすぐに」という意味。

草の葉に止まって、光を放っている蛍。
その蛍が、草の葉から落下するように見えたが、すぐに飛び上がった。
その蛍の一瞬の動作を目撃した芭蕉が、それをそのまま句に詠んだ。
素朴で叙事的な印象の句である。

この句の季語は「蛍」。
季語も「風物詩」的な雰囲気を持っている。
だが「風物詩」は、季語と違ってその人の体験のなかで、その人の情緒に直接に働きかけるものである。

吉野の面影

芭蕉は、蛍にどんな面影を感じたのだろう。
それは、「笈の小文」の旅で立ち寄った吉野の面影ではあるまいか。
芭蕉が瀬田へ蛍見物に出かけたとき「目に残る吉野を瀬田の蛍かな」という句も詠んでいる。
「目に残る吉野」とは、この年の三月「笈の小文」で旅をした吉野のこと。
そこで目にした吉野の桜を瀬田の蛍に重ね合わせたのだろう。
芭蕉は瀬田の蛍に、西行が愛した吉野の桜を想い、西行の面影を見たのかもしれない。
面影とは、目に残る像や有り様のことでもあるのだ。

江戸時代の感覚

現代に生きる私達は、掲句から「夏の風物詩」的な抒情を感じる。
テレビやインターネットで蛍の動画を見て、夏がやってきたのだという感慨に浸る。
そんな抒情を感じるのだ。
そして、儚い蛍の姿に、心持ちがちょっと浄化されたような気分になる。

だが江戸時代に暮らす人々はどうであったろうか。
自然に対する感度が、現代人よりもずっと鋭敏だった人々は、掲句を読んでどんな感想を持っただろうか。

私がこの頃、気になっていることである。
江戸時代当時の人々は、芭蕉の句に何を感じたのだろう。
生活環境の圧倒的な違いを考えれば、現代に生きる私達には想像もできない何かを感じていたと思われるのだ。

それは、ともかく。

蛍がもたらした無常観

芭蕉は、この瀬田の蛍を詠ったときから二年後の元禄三年夏に「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」という句を作って、蝉の「無常」を詠んでいる。
鳴き続ける蝉に対して感じた「無常」を、芭蕉は二年前に、瀬田の蛍に対しても感じたのではないだろうか。

草の葉の上で光が消えた時、芭蕉は蛍に寿命が来たのかと思った。
その落ちたように見えた蛍が、また火を灯して飛び上がり、光の群れのなかに混じる。
その光は、儚い命の光。
やがては目の前で消えていく光なのだ。

芭蕉は、乱舞する蛍の光に何かの面影を見た。
葉から落ちた蛍の句を詠んで、芭蕉はその面影を蘇らせたのかもしれない。
「落つるより飛ぶ」ことは蘇ること。

面影を蘇らせる句

芭蕉は面影の消滅に無常観を募らせる。
季節が過ぎていくのも、無常迅速。
それが「夏の風物詩」→「面影」→「無常」というイメージのルートとして見えてくる。
掲句の「落つる」という往路のルートである。

芭蕉の視点はそのルートを辿りながら、「無常」→「面影」→「夏の風物詩」という復路を辿って「飛ぶ蛍」に至る。
蛍に感じた面影を、「落つるより飛ぶ」ことによって、芭蕉は瀬田の川辺に甦らせた。
そんな句であるように私は感じている。

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