蕪村のリアルな視線「五月雨や滄海を衝く濁水」

蕪村の五月雨の句

与謝蕪村の有名な五月雨(さみだれ)の句に、「五月雨や大河を前に家二軒」がある。
私は、この句に詩的なイメージよりも現実的な恐怖感のほうを強く感じてしまう。
それは、この句を読むと近年に発生した西日本の集中豪雨のことを思い出してしまうからだ。

蕪村は、そういう恐怖や不安を詩に描いたのかもしれない。
強大な自然の営みと、弱々しくて儚い人間の営みとの対比。
そこから独自の詩情を描き出そうとしている蕪村の視線が感じられる。
大雨が降ると氾濫してしまいそうな大河。
そして、その大河のそばを離れない家族のドラマも垣間見える。

五月雨や滄海(あおうみ)を衝(つく)濁水(にごりみず)
与謝蕪村

掲句は、青々と広がっている海面に、大雨による川の濁流が怒涛のように流れ込んでいる光景を詠んだ句である。
「衝(つく)」という語や「濁水」が、その流れの激しさを物語っている。
実際にその場にのぞめば、身震いが起きそうな荒々しい光景である。

私は「五月雨や大河を前に家二軒」にある「家二軒」の儚い存在感が気になるが、「五月雨や滄海を衝く濁水」の「滄海を衝く濁水」の色彩感覚にも惹かれる。

永遠の繰り返し

川の水が、山から里へと長い距離を流れるあいだに増水し、濁流となって広い海に流れ込むという空間の広がり。
それと同時に、穏やかだった川面が時を経るに従って盛り上がり、スピードをあげて海面に衝突するという時間の変化も感じられる。

この蕪村の句は、花鳥風月や山紫水明の雅の世界を詠んだ歌や俳諧とは対局をなすものである。
この句は、もっと根源的な自然の営みを詠っているように思われる。

海の水分が蒸発して雲になり、その雲が山の上空で雨を降らせ、雨が川の水となって流れて海にもどる。
そういう時間の流れを、蕪村は目に見える光景(空間)の背後に描こうとしたのではないだろうか。
掲句には、自然における永遠の繰り返しを感じさせるものがある。
それは、蕪村の他の句にも感じられる。
「春の海ひねもすのたりのたりかな」とか「菜の花や月は東に日は西に」とかの句に、自然は永遠に繰り返し続けるというようなイメージが潜んでいるように思われる。

自然を旅の同伴者とした芭蕉

芭蕉の五月雨の句として有名なものに「五月雨をあつめて早し最上川」という句がある。
「おくのほそ道」の旅で、山形の最上川を詠んだ句である。
折からの梅雨で増水して、急な流れになった川を舟が下っていくのを見て、「水みなぎって舟危(あやふ)し」と「おくのほそ道」に記している。

あるいはこれは、自身が川舟に乗っているとの想定をもとにして作った句なのだろうか。
川岸から見るよりも、舟に乗って川のなかに身をおいてみると、川の流れを早く感じるものだという。
それはまた、早い川の流れのなかを漂う漂泊感や流浪感のような思いではなかったろうか。

芭蕉の自然の荒々しさを詠んだ句に、「荒海や佐渡に横たふ天の河」「吹き飛ばす石は浅間の野分哉」がある。
このふたつの句を読んで感じるのは、自然の変転のなかに雄大美を見出して漂泊していく芭蕉の姿である。

自然と同伴者である芭蕉。
その自然へのアプローチの仕方が「荒海や佐渡に横たふ天の河」であり、「吹き飛ばす石は浅間の野分哉」であり、「五月雨をあつめて早し最上川」であると思えるのだ。
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。」という「おくのほそ道」の冒頭の文章にも、自然(年月)を旅の同伴者としてとらえている芭蕉の思いが表れているように思える。

蕪村の生活思想

一方蕪村は、自然(年月)を、その日その日の出来事とともにリアルに感じとろうとしているように思える。
たとえば「春雨や暮れなんとしてけふもあり」という句。
この句から感じるのは、今日という暮らしの存在感である。
それは観念の世界に流れ込まない現実の、さりげない夕暮れである。
そういう一日一日の繰り返しが「遅き日のつもりて遠きむかしかな」なのだと思う。

「五月雨や滄海を衝く濁水」には、月日の繰り返しに対する蕪村の思いを感じる。
海面に怒涛となって濁水が流れ込む光景は、いちにちかふつかの出来事かもしれない。
だが、この光景の背後には、永遠の「繰り返し」があるという蕪村の自然観が潜んでいると私は感じている。

それは、芭蕉のように自然の同伴者とはなり得ない、生活者蕪村の生活思想に拠っているのではあるまいか。
「滄海を衝く濁水」という畏怖に似た色彩描写が、蕪村のリアルな視線を物語っているようである。
「濁水」とは、雄大な海のなかへ循環していく荒々しい自然の姿。
その繰り返しの道に、蕪村が同伴できる余地はない。

蕪村は荒々しい自然を目の前にすることで、自身を鼓舞しようとしているのだろうか。
芭蕉は、荒々しい自然の中から自身が身を捧げるべき美の世界を見つけ出そうとしているのだろうか。

現実的な蕪村と観念的な芭蕉。
「享保の大飢饉」のなかで青年期をむかえ、「天明の大飢饉」に至る全国的な天候不順のなかで老年期を過ごした生活者蕪村とその視線。
それは、西行や宗祇を倣って漂泊のなかで一生を閉じた放浪詩人である芭蕉の視線を追いつつ、辿り着いた「ものの見方」なのではと私は感じている。

「五月雨や滄海を衝く濁水」という句をもとに、蕪村や芭蕉のことを雑然とながらも、考えてみた次第である。


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